弁護士中山の「私の一冊」

番外編 ピンチヒッター その1 (2019.9.20)

平野啓一郎 『ある男』 文藝春秋

熱い、熱い、熱くてやってられない。そうだ、熱い夏はいっそ、クルーズ船にでも乗ってバカンスに出かけよう。ということで、今回は私が不在中に代わりにラジオにも出演してくれた、事務所の市原弁護士に担当していただきました。以下、よろしくお願いします。

こんにちは、市原史雄です。 今回ご紹介するのは、冒頭の作品ですが、主人公である弁護士・城戸が,かつての依頼者からある相談を受けます。その相談とは,事故で亡くなった夫が実は別人だったというもの。 元依頼者の夫は,自らを「谷口大祐」と名乗り,数年前に突然宮崎県の田舎町に一人移住してきて,そこに住む元依頼者と結婚し子どもをもうけました。  
  しかし大祐の家族や友人が訪ねてくることもなく,大祐は,自らの生い立ちについて,群馬の温泉旅館である実家の跡継ぎ問題で揉めて親や兄弟と縁を切って地元を飛び出してきたと語っていました。そんな中,大祐が死亡したことで,元相談者は大祐の実家宛に,大祐が死んだことを伝える手紙を書きます。そうして大祐の兄が宮崎までやってくるのですが,そこで初めて,これまで谷口大祐として振舞っていた夫が,「谷口大祐ではない別の誰か」であることが判明します。・・・聞いていて混乱しそうなあらすじですが,要は,正体不明の「ある男」が,自分の素性を知る人がいない町で,実在する他人に成りすまして生きていたということなのです。

死亡した「ある男」は,なぜ谷口大祐になりきって生きていたのか,なぜ谷口大祐の過去を自分のことのように語ることができたのか,本当な何者なのか,本物の谷口大祐はどこで何をしているのか。これらの謎を主人公である城戸弁護士が解き明かしてくというストーリーです。 戸籍売買や死刑制度,差別問題などの社会的論点にも触れられています。

皆さんは,人生のすべてが嫌になって,全くの別人として生まれ変わりたい!って思ったことありませんか?
 この物語を読んで気づかされるのは,人は,けっこう簡単に全くの別人になれてしまうということです。「ある男」のように,すべての人間関係を断ち切って知らない土地に引っ越せば?名前も戸籍も他人のものにしてしまえば?自分の人生の思い出までも他人のものに入れ替えてしまえば?・・・元の自分であった痕跡はほとんどなくなってしまいますよね。
 簡単に別人になっちゃうと考えるとちょっと怖いですが,逆に考えれば,どうしても自分の境遇が嫌になったら今の自分を捨てて別人になってしまえばいいということでもあると思います。自分の人生が嫌で嫌で仕方ない人も,絶望して死ぬことだけが解決手段ではなく,別人として幸せな人生を歩む方法があるんだと思います。戸籍交換は犯罪ですが・・・(笑)

最後になりましたが,著者の平野啓一郎さんの紹介です。
 1975年生まれの44歳。愛知県生まれですが1歳のときにお父さんを亡くした後は,母の実家がある北九州市に移り住み,18歳まで北九州市で過ごしたそうです。京都大学法学部に進学し,在学中に執筆した『日蝕』により芥川賞を受賞。当時最年少の23歳で受賞しています。2016年発刊の『マチネの終わりに』は,福山雅治主演で映画化され,今年の11月に公開予定となっています。
そんな才能あふれる平野さんですが,私がもう一冊面白いと思っているのが,『私とは何か―「個人」から「分人」へ』という本。2012年に講談社から出ている新書なんですが,この中で平野さんは「分人主義(ぶんじんしゅぎ)」なる概念を提唱しています。同じ人でも,場面やコミュニティ毎にキャラクターが違いますよね。そのキャラクター一つ一つが「分人」であり,その集合体が「個人」だという考え方です。職場で見せる顔と家庭で見せる顔,趣味のグループで見せる顔,それぞれが独立した自分ってことです。 そして,これらすべての分人を投げ捨ててまったくの別人になろうとしたのが,本作の「ある男」という訳です。

 

本日ご紹介したのは,平野啓一郎さんの『ある男』,文藝春秋から2018年9月発刊,351頁,でした。

過去のコラム

(109)   番外編 ピンチヒッター その1
「平野啓一郎 ある男 文藝春秋」 (2019.9.20)

(108)   理想の検察官とは・・・司法ミステリー
「柚月裕子 検事の信義 角川書店」 (2019.6.12)

(107)   子どもたちは世渡り上手にならざるを得ません。
「瀬尾まいこ そして、バトンは渡された 文藝春秋」 (2019.6.6)

(106)   かみさんのこと理不尽だと思ったことありませんか。
「黒川伊保子 妻のトリセツ 講談社+α新書」 (2019.5.9)

(105)   宝島、沖縄の宝とは?
「真藤順丈 宝島 早川書房」 (2019.4.1)

(104)   現実化しているサイバーテロ
「ビル・クリントン&ジェイムス・パターソン共著 大統領失踪 上下巻 早川書房」 (2019.2.12)

(103)   我々はどこから来て、どこに行くのか
「ダン・ブラウン オリジン 上・下巻 角川書店」 (2019.1.30)

(102)   南米ペルーにはまだ先住民がいます
「国分 拓 ノモレ 新潮社」 (2018.12.14)

(101)   一億円ポンと手に入ったらどうしますか?
「白石一文 一億円のさようなら 徳間書店」 (2018.11.14)

(100)   将棋界を覗いてみませんか
「瀬川昌司 泣き虫しょったんの奇跡 完全版 講談社文庫」 (2018.10.16)

(99)  傑作長編時代小説です
「葉室麟 散り椿 角川文庫」 (2018.9.12)

(98)  あなただったら、不治の病とどう向き合いますか?
「二宮敦人 最後の医者は雨上がりの空に君を願う上下巻 Toブックス」 (2018.8.9)

(97)  フォーサイスの真実とは?
「フレデリック・フォーサイス アウトサイダー 陰謀の中の人生 角川書店」 (2018.6.25)

(96)  ジャパニーズウィスキーの発祥って?
「伊集院静 琥珀の夢 小説鳥井信治郎 上・下巻 集英社」 (2018.5.23)

(95)  宮澤賢治のイメージが変わるかもしれません。
「門井慶喜 銀河鉄道の父 講談社」 (2018.2.16)

(94)  ズバリ!! 明治維新の立役者西郷吉之助です。
「林真理子 西郷(せご)どん 角川書店」 (2018.1.15)

(93)  フィンセント・ファン・ゴッホの真実とは
「原田マハ たゆたえども沈まず 幻冬舎」 (2017.12.11)

(92)  ノーベル文学賞作家の作品を読んでみませんか。
「カズオ・イシグロ 私を離さないで ハヤカワ文庫」 (2017.11.28)

(91)  死神って本当は天使だったの?
「知念実希人 優しい死神の飼い方 光文社文庫」 (2017.10.16)

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(90)  メンタルなことで仕事が行き詰っていませんか
「北川恵海 ちょっと今から仕事やめてくる メディアワークス文庫」 (2017.9.11)

(89)  池井戸ファンにおススメの一冊です。
「池井戸潤 アキラとあきら 徳間文庫」 (2017.8.22)

(88)  生まれ変わりを信じますか。
「佐藤正午さんの 月の満ち欠け 岩波書店」 (2017.7.12)

(87)  アル・カポネ,ジョン・デリンジャーといえば?
「スティーヴン・ハンター Gマン 宿命の銃弾(上・下) 扶桑社ミステリー」 (2017.6.20)

(86)  もしも過去の事実を改変できるとしたら
「梶尾真治 クロノス・ジョウンターの伝説 徳間文庫」 (2017.5.16)

(85)  もしも人間の知能を人工的に高めることができるとしたら
「ダニエル・キイス アルジャーノンに花束を ハヤカワ文庫」 (2017.4.11)

(84)  NHKさん、シュンスケを大河ドラマの主役にしてください
「門井慶喜 シュンスケ 角川文庫」 (2017.3.30)

(83)  純な気持ちでお読みください。
「住野よる 君の膵臓を食べたい 双葉社」 (2017.1.20)

(番外編)  司法修習生はどんな本を読んでいるのか
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(82)  ピカソのキュビズムって何?
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(81)  家康は僻地江戸をどのように建設したのでしょうか
「門井慶喜(かどい よしのぶ) 家康、江戸を建てる 祥伝社」 (2016.10.13)

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