弁護士中山の「私の一冊」

フィンセント・ファン・ゴッホの真実とは (2017.12.11)

原田マハ 「たゆたえども沈まず」 幻冬舎

フィンセント・ファン・ゴッホはオランダ人で1853年、日本でいえば江戸時代末期に生まれ、1890年にその37年の悲しい不遇な生涯を終えています。彼はてんかんだったとか統合失調症だったとか諸説がありますが、自分の耳の一部を切り取ったり、服毒自殺を図ったりした末に、最後は自らの胸部を拳銃で撃っての自殺でした。

 

彼の時代は、モネ、マネ、ルノアールらを代表とする印象派が台頭した時期でした。フィンセント自身はこれに影響を受けながらも、一線を画しておりゴーギャンやセザンヌと並ぶポスト印象派といわれています。

 

フィンセントはわずか10年間の活動期間で、油絵、水彩画や素描、また数多く残っている手紙に書きこまれたスケッチを含めて2100枚余りの作品を遺しています。
ですが、彼が存命中に売れたのは「赤い葡萄畑」と題する油絵でたった1枚だけだったといわれています。それも買主は親族で資金援助の趣旨で400フラン(現在のレートだと約44000円)でした。現在はご存知の通り油絵だと1枚100億円以上であったりと天文学的な額での取引がなされています。

 

まず、作者の略歴につきましてはね私の一冊82をご参照ください。最近では2017年にイギリス人陶芸家はバーナード・リーチを扱った「リーチ先生」で新田次郎文学賞を受賞されています。

 

さて作品紹介です。本作品はフィンセント・ファン・ゴッホの不遇な最後の4年間を史実に基づき、フィクションを織り交ぜて描いたものです。

 

今から約130年前、第3共和制下で空前の好景気に沸くフランスはパリ、林忠正という日本人がいました。彼は実在の人物で明治初期に開かれたパリ万博に日本からやってきて、日本美術(江戸時代の浮世絵)、これを世界に売り込んだ人物なのです。まさにジャポニズム旋風です。
当時、この影響を多大に受けたのがほかならぬフィンセントだったのです。

 

タイトルの「たゆたえども沈まず」ですが、実はこの言葉、セーヌ川が流れるパリの標語でして、16世紀以降パリには紋章があって、その紋章の中にラテン語でこの言葉が記載されているのです。その意味するところは、セーヌ川でどんなに自然氾濫がおこっても、戦乱、革命、ナチスによる占領、どんな荒波にもまれ、揺れてもパリの町は決して沈みはしないということなのです。作者はこの標語を当時のパリに生きた林とフィンセントの生涯に重ねているのです。

 

物語は、パリで好奇の目で見られる東洋人林とそのパートナーである加納重吉の奮闘から始まります。当時の浮世絵は日本では版画によって庶民層にまで普及していましたが、明治初期の日本では茶碗を包む新聞紙のような扱いで全く価値を認められていませんでした。
その価値を西洋社会に認めさせたのが林だったのです。何と日本では紙屑のような版画1枚を林は1000フランで商いしていたのです。当時の給金が月50から100フラン程度、1000フランといえば当時のパリの一流画家の油絵1枚が買えました。

 

一方、フィンセントは職を転々とした後、本格的な制作活動に身を投じ、描いた作品全てをパリで画商をしていた弟テオに委ねる代わりに、テオの仕送りを頼りに生活していました。もちろん当時のフィンセントの作品に商品価値はありませんでした。
フィンセントはもともと画廊に勤めていたのですが仕事に失望し、失恋し、聖職者に転じた後、画家としてままならない人生と格闘しながら自分の芸術を追い求めていたのでした。
あるとき、浮世絵の存在を知ったフィンセントは大きなショックを受けます。そして浮世絵の花魁の絵を模写するほどに大きな影響を受けます(現在も花魁図が遺されています)。そして突然、パリのテオのもとを訪れそのままテオのもとに居候するようになります。林はパリで旧知のテオを通じて画家フィンセントに出会い、興味を抱きその可能性を見出します。フィンセントはその生活の全てを弟テオに依存していましたが、時には制作活動に身が入らずに仕送りを全てを酒と女につぎ込み、画材代すら事欠くようになります。そんなフィンセントに業を煮やしテオは次第に重荷に感じるようになります。・・・という感じで物語は進んでいきますが、いかがでしょうか。

 

作中、彼の名のある作品がどのようにして生まれたのかについても触れられています。

 

巻末に作者の原田さんが本作品を書くにあたって50以上もの参考文献が挙げられています。それだけに本作品の史実に忠実な部分は信頼に値します。  ゴッホについては、多く映画化されており、現在も毎年のように映像化されていますが、ゴッホファンの方には必読の一冊です。

 

本日ご紹介したのは史実に基づアート小説、原田マハさんの「たゆたえども沈まず」でした。幻冬舎から2017年10月25日に発刊、単行本で408頁、1728円です。ゴッホの真実について大いに楽しんでください(了)。

過去のコラム

(99)  傑作長編時代小説です
「葉室麟 散り椿 角川文庫」 (2018.9.12)

(98)  あなただったら、不治の病とどう向き合いますか?
「二宮敦人 最後の医者は雨上がりの空に君を願う上下巻 Toブックス」 (2018.8.9)

(97)  フォーサイスの真実とは?
「フレデリック・フォーサイス アウトサイダー 陰謀の中の人生 角川書店」 (2018.6.25)

(96)  ジャパニーズウィスキーの発祥って?
「伊集院静 琥珀の夢 小説鳥井信治郎 上・下巻 集英社」 (2018.5.23)

(95)  宮澤賢治のイメージが変わるかもしれません。
「門井慶喜 銀河鉄道の父 講談社」 (2018.2.16)

(94)  ズバリ!! 明治維新の立役者西郷吉之助です。
「林真理子 西郷(せご)どん 角川書店」 (2018.1.15)

(93)  フィンセント・ファン・ゴッホの真実とは
「原田マハ たゆたえども沈まず 幻冬舎」 (2017.12.11)

(92)  ノーベル文学賞作家の作品を読んでみませんか。
「カズオ・イシグロ 私を離さないで ハヤカワ文庫」 (2017.11.28)

(91)  死神って本当は天使だったの?
「知念実希人 優しい死神の飼い方 光文社文庫」 (2017.10.16)

(90)  メンタルなことで仕事が行き詰っていませんか
「北川恵海 ちょっと今から仕事やめてくる メディアワークス文庫」 (2017.9.11)

(89)  池井戸ファンにおススメの一冊です。
「池井戸潤 アキラとあきら 徳間文庫」 (2017.8.22)

(88)  生まれ変わりを信じますか。
「佐藤正午さんの 月の満ち欠け 岩波書店」 (2017.7.12)

(87)  アル・カポネ,ジョン・デリンジャーといえば?
「スティーヴン・ハンター Gマン 宿命の銃弾(上・下) 扶桑社ミステリー」 (2017.6.20)

(86)  もしも過去の事実を改変できるとしたら
「梶尾真治 クロノス・ジョウンターの伝説 徳間文庫」 (2017.5.16)

(85)  もしも人間の知能を人工的に高めることができるとしたら
「ダニエル・キイス アルジャーノンに花束を ハヤカワ文庫」 (2017.4.11)

(84)  NHKさん、シュンスケを大河ドラマの主役にしてください
「門井慶喜 シュンスケ 角川文庫」 (2017.3.30)

(83)  純な気持ちでお読みください。
「住野よる 君の膵臓を食べたい 双葉社」 (2017.1.20)

(番外編)  司法修習生はどんな本を読んでいるのか
「伊坂幸太郎 サブマリン 講談社」 (2016.12.16)

(82)  ピカソのキュビズムって何?
「原田マハ 暗幕のゲルニカ 新潮社」 (2016.11.21)

(81)  家康は僻地江戸をどのように建設したのでしょうか
「門井慶喜(かどい よしのぶ) 家康、江戸を建てる 祥伝社」 (2016.10.13)

(80)  ランニングシューズ業界を覗いてみましょう
「池井戸潤 陸王 集英社」 (2016.9.9)

(79)  ピアノの調律師って?
「宮下奈都 羊と鋼の森 文藝春秋」 (2016.6.17)

(78)  人はなぜ山に登るのか
「夢枕獏 神々の山嶺(いただき) 上下巻、集英社文庫」 (2016.5.31)

(77)  ガラ携って何?
「相場英雄 ガラパゴス上・下巻 小学館」 (2016.4.11)

(76)  尖閣問題について考えてみましょう。
「青木俊 尖閣ゲーム 幻冬舎」 (2016.3.25)

(75)  宗教にはまったことはありますか。
「中村文則 教団X 集英社」 (2016.3.11)

(74)  中国にもつい100年前まで皇帝がいました。
「浅田次郎 蒼穹の昴 講談社」 (2016.1.26)

(73)  「仁義なき戦い」の菅原文太はかっこよかった。
「柚月裕子 孤狼の血 角川書店」 (2015.12.3)

(72)  どうして山に登るのか
「下村敦史 生還者 講談社」 (2015.12.3)

(71)  お互い愛情もない夫婦、そんな中、相手を突然亡くしたら・・・
「西川美和 永い言い訳 文芸春秋」 (2015.11.9)

(70)  復讐とは虚しいものですね
「ピエール・ルメートル その女アレックス 文春文庫」 (2015.10.29)

(69)  人魚姫ならぬ金魚姫はいかがですか
「萩原浩(おぎわら ひろし) 金魚姫 角川書店」 (2015.10.15)

(68)  突然、あなたの秘密が本で暴かれたら?
「ルネ・ナイト 夏の沈黙 東京創元社」 (2015.8.17)

(67)  ダビィンチには謎がいっぱい
「真保裕一 レオナルドの扉 角川書店」 (2015.8.10)

(66)  戦後の台湾をもっと知ってみたい
「東山彰良 流(りゅう) 講談社」 (2015.8.4)

(65)  産業スパイって本当にいるんですよね。
「吉田修一 森は知っている 幻冬舎」 (2015.6.3)

(64)  ライオンさん、一度でも帰国していれば・・・
「さだまさし 風に立つライオン 幻冬舎文庫」 (2015.4.15)

(63)  それでも3億円が当たってみたい。
「川村元気 億男 マガジンハウス」 (2015.4.7)

(62)  神の子は知能が優れているのでしょうか。
「薬丸岳 神の子 上・下巻 光文社」 (2015.3.25)

(61)  米軍史上最強の狙撃手の自伝です
「クリス・カイル アメリカン・スナイパー ハヤカワ文庫」 (2015.3.10)

(60)  戦隊ヒーローに憧れませんでしたか
「阿部和重・伊坂幸太郎合作 キャプテン・サンダーボルト 文藝春秋」 (2015.3.3)

(59)  裁判員裁判について勉強しよう。
「法坂一広 最終陳述 宝島社」 (2015.2.17)

(58)  死を目前にした男の生きざまとは
「殉愛 百田尚樹 幻冬舎」 (2014.11.27)

(57)  裁判官って普通の人と違うんですか
「黒木亮 法服の王国・小説裁判官(上)(下) 産経新聞出版」 (2014.10.29)

(56) 植物状態から生還したらどうなる?
「真保裕一 奇跡の人 新潮社文庫」 (2013.12.25)

(55) 時をかける手紙
「東野圭吾 ナミヤ雑貨店の奇蹟 角川書店」 (2013.12.11)

(54) 人類の世紀末を想像できますか
「極北 マーセル・セロー  中央公論新社」 (2013.12.2)

(53) パンデミックをご存じですか?
「生存者ゼロ 安生正 宝島社」 (2013.11.21)

(52) 海外で亡くなった人はどのようにして帰国するのでしょうか
「エンジェルフライト 国際霊柩送還士 佐々涼子 集英社」 (2013.11.13)

(51) 倍返しと土下座で著名な半沢直樹の続編です。
「ロスジェネの逆襲 池井戸潤 ダイヤモンド社」 (2013.11.1)

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