弁護士中山の「私の一冊」

(番外編)司法修習生はどんな本を読んでいるのか (2016.12.16)

伊坂幸太郎 「サブマリン」講談社

はじめまして,第69期司法修習生の武です。
司法修習生がどのような者かについては,先輩の修習生が担当された「私の一冊」((番外編) 司法修習生は「私の一冊」を読まなかったのか「吉田修一 悪人」 (2010.10.08))において詳細に説明されておりますので,そちらをご覧いただければ幸いです。 それでは,早速本題に入りたいと思います。

皆さんは,家庭裁判所調査官という職業をご存知でしょうか。

家庭裁判所は,夫婦や親族間の争いなどの家庭に関する問題を家事審判や家事調停,人事訴訟などによって解決するほか,非行をした少年について処分を決定します。いずれも法律的な解決を図るだけでなく,事件の背後にある人間関係や環境を考慮した解決が求められます。
家庭裁判所調査官は,このような観点から,例えば,離婚,親権者の指定・変更等の紛争当事者や事件送致された少年及びその保護者を調査し,紛争の原因や少年が非行に至った動機,生育歴,生活環境等を調査します(裁判所のホームページより引用)。

私は,家庭裁判所での修習において,調査官が非行をした少年やその保護者と面接をする様子を傍聴させてもらったり,調査官が作成した調査記録を読ませてもらったりする機会がありました。
その際の率直な感想としては,調査官ごとに面接のやり方は違っていても,どの調査官の方々も事件及びその関係者と真剣に向き合っているという印象でした。
それは仕事だから当たり前では,と思われるかもしれません。しかし,家庭裁判所での事件は,通常の民事事件とは異なり,関係者の感情が全面に出てきます。そのため,事件の背後にある人間関係や環境を調査する調査官の方々は,事件関係者の悩みや文句に近い主張を受け止めたり,生意気に思える少年と根気強く向き合ったりする必要があるのです。

さて,前置きが長くなってしまいましたが,私が紹介する一冊は,伊坂幸太郎さんの「サブマリン」という本です。

本書は,家庭裁判所調査官である武藤さんとその上司である主任調査官の陣内さんの周囲で起こる事件を内容とするものです。
物語は、武藤さんと陣内さんが、ある事件を起こした少年棚岡佑真を東京少年鑑別所に護送する車内での会話から始まります。武藤さんは仕事と割り切りながらも真面目に調査を行う調査官らしい調査官というタイプですが、陣内さんは本当に主任調査官なのかと思わせるような言動を繰り返します。少年棚岡の起こした事件は、その概要がニュースで報道されて世間でちょっとした話題になり、世間的にはその少年を許すなという意見が多数派となります。そのような中、当の少年棚岡は、担当調査官である武藤さんの問いかけに対して,なかなか「はい」以外の返答をしません。
本書の魅力の一つに,主任調査官らしからぬ陣内さんの言動とそんな陣内さんと武藤さんの軽妙なやりとりがあると思います。武藤さんは,陣内さんの言動に振り回されながらも少年棚岡の起こした事件の真相に近づいていきます。

私が修習で傍聴させてもらった少年事件では,当然,少年院に行きたいと思っている少年は一人もいませんでした。そして,ほとんどの少年が,自分の処分の決定権を握る裁判官の前で緊張した様子で反省の弁を述べていました。しかし,悲しいことに,そのような少年の中にも再び事件を起こしてしまう少年が少なくないという現実があります。私も,今の反省の弁は上辺だけだろうなと感じてしまう場面も多々ありました。
このような現状もあってか,陣内さんは「俺たちが何をやっても,駄目なもんは駄目だしな。真面目にやるのも面倒だ」と言います。

それでは,なぜ家庭裁判所調査官として大変な思いをしながらも少年と向き合っていくのか。

本書を通じて,事件を起こした少年の処分を決めることの難しさやそのような少年と向き合っている方々がいるということを感じてみてはいかがでしょうか。

なお,ご存知の方も多いと思いますが,本書は,伊坂幸太郎さんの「チルドレン」という本の続編にあたる作品です。「チルドレン」の続編とはいっても,「チルドレン」を読まずに本書から読んでも十分に楽しめると思います(私も本書を読んだ後に「チルドレン」読みました。)。陣内さんをはじめ,本書の登場人物についてもっと知りたいと思った方は,「チルドレン」も併せて読んでみてください。
また,作者である伊坂幸太郎さんについては,本編である弁護士中山の「私の一冊」の(18) J・F・Kといえば?「伊坂幸太郎 ゴールデンスランバー」 (2010.9.13)(60)  戦隊ヒーローに憧れませんでしたか「阿部和重・伊坂幸太郎合作 キャプテン・サンダーボルト 文藝春秋」 (2015.3.3)において紹介されております。

過去のコラム

(91)  死神って本当は天使だったの?
「知念実希人 優しい死神の飼い方 光文社文庫」 (2017.10.16)

(90)  メンタルなことで仕事が行き詰っていませんか
「北川恵海 ちょっと今から仕事やめてくる メディアワークス文庫」 (2017.9.11)

(89)  池井戸ファンにおススメの一冊です。
「池井戸潤 アキラとあきら 徳間文庫」 (2017.8.22)

(88)  生まれ変わりを信じますか。
「佐藤正午さんの 月の満ち欠け 岩波書店」 (2017.7.12)

(87)  アル・カポネ,ジョン・デリンジャーといえば?
「スティーヴン・ハンター Gマン 宿命の銃弾(上・下) 扶桑社ミステリー」 (2017.6.20)

(86)  もしも過去の事実を改変できるとしたら
「梶尾真治 クロノス・ジョウンターの伝説 徳間文庫」 (2017.5.16)

(85)  もしも人間の知能を人工的に高めることができるとしたら
「ダニエル・キイス アルジャーノンに花束を ハヤカワ文庫」 (2017.4.11)

(84)  NHKさん、シュンスケを大河ドラマの主役にしてください
「門井慶喜 シュンスケ 角川文庫」 (2017.3.30)

(83)  純な気持ちでお読みください。
「住野よる 君の膵臓を食べたい 双葉社」 (2017.1.20)

(番外編)  司法修習生はどんな本を読んでいるのか
「伊坂幸太郎 サブマリン 講談社」 (2016.12.16)

(82)  ピカソのキュビズムって何?
「原田マハ 暗幕のゲルニカ 新潮社」 (2016.11.21)

(81)  家康は僻地江戸をどのように建設したのでしょうか
「門井慶喜(かどい よしのぶ) 家康、江戸を建てる 祥伝社」 (2016.10.13)

(80)  ランニングシューズ業界を覗いてみましょう
「池井戸潤 陸王 集英社」 (2016.9.9)

(79)  ピアノの調律師って?
「宮下奈都 羊と鋼の森 文藝春秋」 (2016.6.17)

(78)  人はなぜ山に登るのか
「夢枕獏 神々の山嶺(いただき) 上下巻、集英社文庫」 (2016.5.31)

(77)  ガラ携って何?
「相場英雄 ガラパゴス上・下巻 小学館」 (2016.4.11)

(76)  尖閣問題について考えてみましょう。
「青木俊 尖閣ゲーム 幻冬舎」 (2016.3.25)

(75)  宗教にはまったことはありますか。
「中村文則 教団X 集英社」 (2016.3.11)

(74)  中国にもつい100年前まで皇帝がいました。
「浅田次郎 蒼穹の昴 講談社」 (2016.1.26)

(73)  「仁義なき戦い」の菅原文太はかっこよかった。
「柚月裕子 孤狼の血 角川書店」 (2015.12.3)

(72)  どうして山に登るのか
「下村敦史 生還者 講談社」 (2015.12.3)

(71)  お互い愛情もない夫婦、そんな中、相手を突然亡くしたら・・・
「西川美和 永い言い訳 文芸春秋」 (2015.11.9)

(70)  復讐とは虚しいものですね
「ピエール・ルメートル その女アレックス 文春文庫」 (2015.10.29)

(69)  人魚姫ならぬ金魚姫はいかがですか
「萩原浩(おぎわら ひろし) 金魚姫 角川書店」 (2015.10.15)

(68)  突然、あなたの秘密が本で暴かれたら?
「ルネ・ナイト 夏の沈黙 東京創元社」 (2015.8.17)

(67)  ダビィンチには謎がいっぱい
「真保裕一 レオナルドの扉 角川書店」 (2015.8.10)

(66)  戦後の台湾をもっと知ってみたい
「東山彰良 流(りゅう) 講談社」 (2015.8.4)

(65)  産業スパイって本当にいるんですよね。
「吉田修一 森は知っている 幻冬舎」 (2015.6.3)

(64)  ライオンさん、一度でも帰国していれば・・・
「さだまさし 風に立つライオン 幻冬舎文庫」 (2015.4.15)

(63)  それでも3億円が当たってみたい。
「川村元気 億男 マガジンハウス」 (2015.4.7)

(62)  神の子は知能が優れているのでしょうか。
「薬丸岳 神の子 上・下巻 光文社」 (2015.3.25)

(61)  米軍史上最強の狙撃手の自伝です
「クリス・カイル アメリカン・スナイパー ハヤカワ文庫」 (2015.3.10)

(60)  戦隊ヒーローに憧れませんでしたか
「阿部和重・伊坂幸太郎合作 キャプテン・サンダーボルト 文藝春秋」 (2015.3.3)

(59)  裁判員裁判について勉強しよう。
「法坂一広 最終陳述 宝島社」 (2015.2.17)

(58)  死を目前にした男の生きざまとは
「殉愛 百田尚樹 幻冬舎」 (2014.11.27)

(57)  裁判官って普通の人と違うんですか
「黒木亮 法服の王国・小説裁判官(上)(下) 産経新聞出版」 (2014.10.29)

(56) 植物状態から生還したらどうなる?
「真保裕一 奇跡の人 新潮社文庫」 (2013.12.25)

(55) 時をかける手紙
「東野圭吾 ナミヤ雑貨店の奇蹟 角川書店」 (2013.12.11)

(54) 人類の世紀末を想像できますか
「極北 マーセル・セロー  中央公論新社」 (2013.12.2)

(53) パンデミックをご存じですか?
「生存者ゼロ 安生正 宝島社」 (2013.11.21)

(52) 海外で亡くなった人はどのようにして帰国するのでしょうか
「エンジェルフライト 国際霊柩送還士 佐々涼子 集英社」 (2013.11.13)

(51) 倍返しと土下座で著名な半沢直樹の続編です。
「ロスジェネの逆襲 池井戸潤 ダイヤモンド社」 (2013.11.1)

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