弁護士中山の「私の一冊」

ピカソのキュビズムって何? (2016.11.21)

原田マハ「暗幕のゲルニカ」新潮社

本作品は史実に基づくフィクションです。

1907年のピカソの絵が発端となったといわれるキュビズム。これは一つの対象に対し一つの視点から写実的に表現するのではなく、複数の視点からの形を一枚の絵に納めて表現するものなのです。絵の形としてはぐちゃぐちゃですよね。これは一つの視点から普通に描くという観念を打ち砕き、自分から見たらこうなるという視点が強調され、画家の主観が強調されることとなるのです。ピカソは91年間の生涯で膨大な作品を残しています。油絵や素描で1万3500点あまり、10万点の版画、3万4000点の挿絵その他300点の彫刻や陶器などです。これらの作品の中で代表的とされる油絵などは1点で100億円以上もの価格で取引されています。

さて作者である原田さんの略歴のご紹介ですが、原田さんは1962年東京都出身です。小学校から高校までを岡山で育ちます。大学は関西学院の日本文学科を卒業の後、早稲田に再入学、美術史学を専修されここも卒業されています。卒業後はキュレーターとして日本国内の私企業が運営する美術館を転々とした後、ステップアップしてアメリカの近代美術館に勤務、2002年にはフリーのキュレターとして独立しています。
キュレーターという職業ですが、日本では学芸員みたいなもんですが、それよりも専門性と権限が強くて博物館や美術館において作品収集や展覧会の企画といった中枢的な仕事に従事する専門職員だそうです。
マハさんのマハという名前はペンネームですが、画家フランシスコ・ゴヤの「着衣のマハ」「裸のマハ」という作品名に由来するそうです。

そのキュレーターの仕事をしていた原田マハさんですが、傍らでカルチャー・ライターの仕事を始められて、小説としては2005年に「カフーを待ちわびて」で第1回日本ラブストーリー大賞を受賞して作家デビューです。2012年にキュレーターとしての知識を存分に活かされた「楽園のカンヴァス」で山本周五郎賞を受賞されています。
本作品は主人公が女性キュレーターであり、自らを主人公にしつらえてその専門的知識ならではの作品となっています。

さて作品です。ゲルニカといえばスペインの小都市の地名ですが、反戦のシンボルといわれるピカソの作品で有名です。スペイン政府は1937年5月に開催されたパリ万博のスペイン館に目玉として展示する作品をピカソに依頼します。当時ピカソはパリに住んでいましたが、出身はスペインだったのです。
出来上がった作品は縦3.5メートル横8メートルという大きなモノクロームでゲルニカというタイトル。これは1937年にスペイン内戦中にナチスドイツによるスペインの小都市ゲルニカへの一般市民を標的にした無差別爆撃を批判して制作されたものだったのです。
画面には、恐れいななく馬、驚きひるむ牝牛(めうし)
、瀕死の兵士、死んだ赤子を抱いて泣き叫ぶ母親が描かれています。ピカソは故国を襲った惨劇に悲しみ、無慈悲なナチスに激しい憤りを押さえられず、激情にかられるままに猛然とスケッチを始めたといいます。

そんなピカソの「ゲルニカ」はパリ万博の後、ピカソの意思により戦乱からの亡命のためアメリカの美術館に移され、長きにわたり展示保管された後、ピカソの死後8年が経過した1981年に民主国家となった祖国スペインに返還されます。現在もマドリッドの美術館で常設展示されています。
このゲルニカはピカソの了解のもと、原画をもとに一つのタペストリーが制作されており、今も平和の象徴としてニューヨークの国連本部のロビーに飾られています。

2001年9月11日、アメリカで同時多発テロが発生します。日本人でありながら女性キュレーターとして活躍していた主人公瑤子の連れ合いはテロに巻き込まれて帰らぬ人となります。
それから1年余りが経過しても悲しみが冷めやらぬ瑤子は、平和を祈願してピカソ回顧展をニューヨークで開こうと企画し、その目玉としてゲルニカを展示することを企図します。これを成功させるためには、何としてもマドリッドにあるゲルニカの原画をニューヨークに持ち込むことが不可欠です。その困難な交渉をしていたさなかの2003年2月、国連安保理は大量破壊兵器を所有している疑いのあるイラクに対して軍事行動を起こすかどうかを議論していました。そして大量破壊兵器存在の証拠を示す会見をアメリカ国務長官が行うこととなり、国連安保理の議場のロビーに彼が登場したその時、その背景にかけられていたはずのタペストリーのゲルニカが暗幕によって隠されていたのでした。

一体、誰が何のためにゲルニカを隠したのか。

この事実は世界中に駆け巡ります。もちろんゲルニカは反戦への強いシンボルであるため、会見する国務長官の背景に空爆を批判する絵があってはならないからなのでした。

物語はピカソがゲルニカを制作していた第2次大戦開戦時と現代の9.11事件が起きた時とを交互に史実とフィクションを織り交ぜながら進んでいきます。
ゲルニカの制作過程ではピカソの愛人であり写真家であったドラ・マールが登場します。彼女はピカソの「泣く女」のモデルとしても有名ですが写真家としてゲルニカの制作過程を克明にフィルムに記録していたのでした。

瑤子はゲルニカをニューヨークでのピカソ展に持ち込むことができるのか。

ゲルニカをめぐる美術ミステリーとでも言いましょうか。絵画のこと、ピカソのことをあまり知らない方もを十分に楽しむことができます。

本作品は2016年の直木賞候補となっていましたが、残念ながら受賞には至りませんりました。この時の受賞作は荻原浩さんの「海の見える理髪店」でした。
今年3月に発刊、単行本で357頁、1728円です。史実を大いに楽しんでください(了)。

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