弁護士中山の「私の一冊」

宗教にはまったことはありますか。 (2016.3.11)

中村文則 「教団X」 集英社

 

海外の著名な作家の本が日本語版として出版されているケースはいくらでもありますが、日本の作家の本が英訳されて海外で発刊されているのはそう多くはないと思われます。

アメリカのミステリー作家に送られるエドガー賞というのがあります。かの有名なエドガー・アラン・ポーをもじってエドガー賞ですが、日本ではエドガー・アラン・ポーを漢字に表示して江戸川乱歩賞ですが、アメリカでもやはりミステリー作家の登竜門となっていますね。

あの超売れっ子の東野圭吾さんの作品の多くは英訳出版されていてなかでも「容疑者Xの献身」がエドガー賞にノミネートされたことで有名です。残念ながら受賞には至りませんでしたが候補とされただけでも十分に名誉なことで話題となりました。

中村さんの作品も多くが海外では発刊されています。というほどの実力者です。

例によって、まず作者中村さんの略歴のご紹介ですが、中村さんは1977年愛知県東海市生まれ、まだ若干38歳です。福島大学の行政社会学部を卒業後、小説家を目指しながらフリーターを経て2002年「銃」で新潮新人賞を受賞してデビューです。25歳でした。2004年「遮光」で野間文芸新人賞、2005年28歳で「土の中の子供」で芥川賞受賞です。2010年には代表作となる「掏摸」(すり、泥棒のスリのことですが)で大江健三郎賞を受賞します。同作品は英訳出版されアメリカのウォル・ストリート・ジャーナル紙で2012年の小説ベスト10に選ばれました。さらにその後出版された「悪と仮面のルール」も英訳出版され同じくベスト10入りです。2014年にはアメリカでノワール小説分野(ノワールとは裏社会とか闇社会を意味する)での貢献度が評価されデイビット・グーディス賞を受賞しました。この賞は2年に一人選出される価値ある賞ですが、もちろん日本人初の快挙です。

ご本人はドストエフスキーやカミュ、カフカなどから影響を受けているとのことですが、ノワールというテーマを追い続けていることで独自の境地を築いています。

ということで中村文則さんの現在の小説の分野としては、純文学かつノワール、すなわちありていに言うと、難解な描写で裏社会を扱った分野を探っているということです。

さて作品紹介です。「教団X」というタイトルのとおりカルト宗教を扱ったものです。

中村さんは本書を書くに当たって、宇宙誕生の謎、古代哲学、宗教、脳科学について膨大な参考文献を検討され、その知識が本書の随所に生かされています。

ストーリー自体は第1部と第2部の2部構成とされていて、二つの集団が登場します。

第1部は松尾という老人を中心に組織された宗教サークルで松尾自身が亡くなるまでの物語です。冒頭、楢崎という若者が当然失踪した立花涼子を探し始めるところから始まります。楢崎は立花の消息の手がかりを松尾屋敷に見つけます。そしてここに潜入します。 松尾はサークル内の説教で仏教の本質までさかのぼった事実を語ります。曰く、最も古い仏教経典スッタニパータに残された内容は、その2000年後にデカルトが唱えた「われ思う、ゆえに我あり」を否定する内容であり、かつ現代の脳科学がたどり着いた理論と符合しているとか、また、曰く、最も古いヒンドゥー教の経典リグ・ヴェータに残された内容はその3000年後の現在、人類が考えている宇宙誕生の一説ビックバン説に酷似しているといいます。宇宙誕生の物語、分子原子の理論。人間は宇宙に存在する意識という次元に吸い寄せられた原子から生まれ、死ねば自然界に原子として戻るだけだと説きます。ここで楢崎は松尾の不思議な魅力に引き寄せられるようになります。

第2部は、松尾と旧知の関係にあった教祖沢渡の組織する謎の教団が舞台です。莫大な資金力を背景に教団のメンバーがひとつのビル一棟に潜み集団生活をしています。公安警察からは教団Xと呼ばれ不穏な動きはないか常にマークされているのでした。

ある日、楢崎は松尾のもとから何者かにより拉致され、この教団に連れ込まれます。そこで楢崎が探していた立花は沢渡の教団にも関わっていたことを知ります。ここでは沢渡の主導の下で自我を確立できない男女が集い、互いに肉体を交わらせることにより精神の安定を得ようとしていました。謎の教団はセックス教団でもあったのです。楢崎もここに入るや教団の肉欲攻勢におぼれていきます。そんな中で教祖沢渡は自身生きることに対する興味を失い、滅びを考えているのでした。

沢渡を悪として松尾を善としてとらえるのであれば、これら二つの集団はあたかも陰と陽の関係を象徴しています。

やがて暴走を始める教団をクーデターによって収拾しようとする沢渡、しかしそのクーデターの真相とは・・・。これを未然に摘発しようとする公安警察との戦い。もちろん思いもよらぬ面白い結末が準備されています。

作者の中村さんと同じく芥川賞作家となったピースの又吉先生がアメトークというテレビ番組で、本作を称して10年に1作出るかどうかの傑作と評されました。その結果、影響されたテレビ視聴者の多くが読まれ寄せられた評価は、かなり低い評価だったようです。そうです、実は少し難解です。また、本作品は性描写が露骨かつ激しいため青少年の健全な育成を考慮して、R-15指定とさせていただければと思います。

宗教と人生については考えさせる一冊です、もちろん私は高い評価をしたいと思います(了)。

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