弁護士中山の「私の一冊」

どうして山に登るのか (2015.12.3)

下村敦史 「生還者」 講談社

 

作者の下村さんは1981年京都生まれの若干34歳、高校を2年、17歳で自主退学しておられますが、その年に大検試験にはパスしています。

作家さんといえば失礼ながら高学歴の方が多いようですが、下村さんは高校中退して以来、自宅にて時々フリーターやご身内のお年寄りの介護を手伝いながら、2006年25歳にして小説を書き始め、江戸川乱歩賞に応募し始めて、9回目の応募となる昨年、「闇に香る嘘」で堂々の受賞、デビューです。まだ2年目の新人です。
乱歩賞にあっては連続して9年間も落ちながらも、ずっと応募しつづけた理由を尋ねられると「書くことが好きだから」「身近な読者がいなければたぶんあきらめていたと思います」というシンプルな回答です。身近な読者とは家族や友人約10名くらいだそうです。

山登りといえば、私は山歩きのレベルですが、二人の子どもたちが3歳くらいの時から毎年一緒に大分の久住と由布岳に登っていましたが、今や成人した子どもたちはきついと言って山登りに付き合ってくれませんし、結婚前は一緒に登っていた妻も今は愛情もないのか拒絶、結局、家族で由布院の温泉に行ったときも一人寂しく登っています。山はいいですねぇ。山頂からの景色を眺めると登りの疲れもスーッと引いてしまうくらい爽快感を得ることができますよね。そして山を下りた後、温泉の露天風呂から遠く眺め、下山してきたばかりの由布岳の山頂に思いをやり、あそこまで登ったんだなあなんて最高ですね。

世界一高い山は、はい、エベレストことチョモランマ標高8848mです。2番目はK2で8611m、三番目は8586mのカンチェンジュンガです。いずれもネパールに属しますが、このカンチェンジュンガ(偉大な雪の五つの宝庫)が本作品の舞台となっています。

ところで、登山するには登山する人の装備や移動のための費用、携行する食料などその準備などに多額の費用がかかりますが、山に入ること自体にも費用がかかるのはご存知ですか。

ちなみに、日本国内では富士山は任意でひとり1000円支払うということですが、それ以外では登山にあたり県や市などに対して義務的にお金を払うことはありません。

が、ネパール政府は違います。たとえばエベレストでいうと単独行だと一人約250万円の入山料がかかります。7人以上の団体だと割引となって一人100万円だそうです。これ以外にもベースキャンプ使用料とかもろもろの費用がかかります。にもかかわらず、ネパール政府は遭難した登山者に対して救助隊を出すのは惜しむので評判が悪いそうです。

ハイ前置きが長くなりました。ストーリーです。

主人公増田直志の兄謙一は4年前、冬の白馬岳(しろうまだけ)の登山ツアーに婚約者とともに参加していて婚約者を遭難事故で亡くします。そして喪失感から、「山にはもう登らない」と公言していました。その兄が1週間前にカンチェンジュンガで6名の登山隊とともに雪崩に巻き込まれ死亡したとの報に接します。うち4名の遺体が発見されたものの、残りの3名は生死不明の行方不明となっておりその生存は絶望視されていました。

ところが現地に赴いた父が持ち帰った兄の遺品には、兄の腰のカラビナに結わえられていたザイルがあり、当然ザイルは切れていて、直志が切断面を子細に見るとあたかもナイフで傷つけたような鋭利な痕跡が遺されていました。兄の死に不信感を持つ直志でしたが、その数日後、カンチェンジュンガで行方不明となっていた3名のうちの一人が奇跡の生還を果たしたことが報じられました。高瀬というその生存者は単独行であり、高瀬が言うには「山で一人遭難していたところに6名の登山隊に遭遇し、助けを求めたが登頂の足手まといになるとして見捨てられ、一人途方に暮れてビバークしようとしていたところ、登山隊の一人である加賀谷と名乗る人物が舞い戻ってきて、助けられた。そうして二人下山していたところに雪崩に遭い自分だけが助かった。加賀谷は自分の命の恩人である」というものでした。がしかし、さらに数日後、残る行方不明者のうちの登山隊の一人、重症の凍傷を負った東が生還しました。高瀬の話を聞いた東はインタビューに応じ、高瀬という登山者は嘘をついており、加賀谷は東たちを見殺しにしようとした卑怯者であり、決して英雄ではないと断罪します。

二人の生還者のうちどちらかは必然的に嘘をついていることになりますが、単独行を目指していたという高瀬とは一体何者なのか、直志の兄謙一は事故死ではなく何者かによって殺されようとしていたのか、果たしてカンチェンジュンガで何があったのか。マスコミは当然のように騒ぎ始めます。

そんな中、高瀬は姿を消します。どういうわけかカンチェンジュンガを目指していたのでした。そのことを知った直志は、事件を負う女性記者とともに真実を求め高瀬を追ってねカンチェンジュンガに向かいます。という感じですがいかがでしょうか。

私は「趣味は読書」を名乗るものとして、質の高い読者にして、その推理力が高レベルなのはいうまでもありません。当然読みながらこの先見えてるなとか、なんだつまらんとか思うわけですが、私の推理が簡単に当たってしまうようでは、作者としてはまだまだ未熟と言わなければなりません。が、もちろん私の推理は見事に外されていたどころか、思いもかけないラストに仕上がっていました。大満足でした。

書き下ろしの283頁です。短いだけにさらっと一晩で読めますので睡眠不足にご注意を(了)。

過去のコラム

(90)  メンタルなことで仕事が行き詰っていませんか
「北川恵海 ちょっと今から仕事やめてくる メディアワークス文庫」 (2017.9.11)

(89)  池井戸ファンにおススメの一冊です。
「池井戸潤 アキラとあきら 徳間文庫」 (2017.8.22)

(88)  生まれ変わりを信じますか。
「佐藤正午さんの 月の満ち欠け 岩波書店」 (2017.7.12)

(87)  アル・カポネ,ジョン・デリンジャーといえば?
「スティーヴン・ハンター Gマン 宿命の銃弾(上・下) 扶桑社ミステリー」 (2017.6.20)

(86)  もしも過去の事実を改変できるとしたら
「梶尾真治 クロノス・ジョウンターの伝説 徳間文庫」 (2017.5.16)

(85)  もしも人間の知能を人工的に高めることができるとしたら
「ダニエル・キイス アルジャーノンに花束を ハヤカワ文庫」 (2017.4.11)

(84)  NHKさん、シュンスケを大河ドラマの主役にしてください
「門井慶喜 シュンスケ 角川文庫」 (2017.3.30)

(83)  純な気持ちでお読みください。
「住野よる 君の膵臓を食べたい 双葉社」 (2017.1.20)

(番外編)  司法修習生はどんな本を読んでいるのか
「伊坂幸太郎 サブマリン 講談社」 (2016.12.16)

(82)  ピカソのキュビズムって何?
「原田マハ 暗幕のゲルニカ 新潮社」 (2016.11.21)

(81)  家康は僻地江戸をどのように建設したのでしょうか
「門井慶喜(かどい よしのぶ) 家康、江戸を建てる 祥伝社」 (2016.10.13)

(80)  ランニングシューズ業界を覗いてみましょう
「池井戸潤 陸王 集英社」 (2016.9.9)

(79)  ピアノの調律師って?
「宮下奈都 羊と鋼の森 文藝春秋」 (2016.6.17)

(78)  人はなぜ山に登るのか
「夢枕獏 神々の山嶺(いただき) 上下巻、集英社文庫」 (2016.5.31)

(77)  ガラ携って何?
「相場英雄 ガラパゴス上・下巻 小学館」 (2016.4.11)

(76)  尖閣問題について考えてみましょう。
「青木俊 尖閣ゲーム 幻冬舎」 (2016.3.25)

(75)  宗教にはまったことはありますか。
「中村文則 教団X 集英社」 (2016.3.11)

(74)  中国にもつい100年前まで皇帝がいました。
「浅田次郎 蒼穹の昴 講談社」 (2016.1.26)

(73)  「仁義なき戦い」の菅原文太はかっこよかった。
「柚月裕子 孤狼の血 角川書店」 (2015.12.3)

(72)  どうして山に登るのか
「下村敦史 生還者 講談社」 (2015.12.3)

(71)  お互い愛情もない夫婦、そんな中、相手を突然亡くしたら・・・
「西川美和 永い言い訳 文芸春秋」 (2015.11.9)

(70)  復讐とは虚しいものですね
「ピエール・ルメートル その女アレックス 文春文庫」 (2015.10.29)

(69)  人魚姫ならぬ金魚姫はいかがですか
「萩原浩(おぎわら ひろし) 金魚姫 角川書店」 (2015.10.15)

(68)  突然、あなたの秘密が本で暴かれたら?
「ルネ・ナイト 夏の沈黙 東京創元社」 (2015.8.17)

(67)  ダビィンチには謎がいっぱい
「真保裕一 レオナルドの扉 角川書店」 (2015.8.10)

(66)  戦後の台湾をもっと知ってみたい
「東山彰良 流(りゅう) 講談社」 (2015.8.4)

(65)  産業スパイって本当にいるんですよね。
「吉田修一 森は知っている 幻冬舎」 (2015.6.3)

(64)  ライオンさん、一度でも帰国していれば・・・
「さだまさし 風に立つライオン 幻冬舎文庫」 (2015.4.15)

(63)  それでも3億円が当たってみたい。
「川村元気 億男 マガジンハウス」 (2015.4.7)

(62)  神の子は知能が優れているのでしょうか。
「薬丸岳 神の子 上・下巻 光文社」 (2015.3.25)

(61)  米軍史上最強の狙撃手の自伝です
「クリス・カイル アメリカン・スナイパー ハヤカワ文庫」 (2015.3.10)

(60)  戦隊ヒーローに憧れませんでしたか
「阿部和重・伊坂幸太郎合作 キャプテン・サンダーボルト 文藝春秋」 (2015.3.3)

(59)  裁判員裁判について勉強しよう。
「法坂一広 最終陳述 宝島社」 (2015.2.17)

(58)  死を目前にした男の生きざまとは
「殉愛 百田尚樹 幻冬舎」 (2014.11.27)

(57)  裁判官って普通の人と違うんですか
「黒木亮 法服の王国・小説裁判官(上)(下) 産経新聞出版」 (2014.10.29)

(56) 植物状態から生還したらどうなる?
「真保裕一 奇跡の人 新潮社文庫」 (2013.12.25)

(55) 時をかける手紙
「東野圭吾 ナミヤ雑貨店の奇蹟 角川書店」 (2013.12.11)

(54) 人類の世紀末を想像できますか
「極北 マーセル・セロー  中央公論新社」 (2013.12.2)

(53) パンデミックをご存じですか?
「生存者ゼロ 安生正 宝島社」 (2013.11.21)

(52) 海外で亡くなった人はどのようにして帰国するのでしょうか
「エンジェルフライト 国際霊柩送還士 佐々涼子 集英社」 (2013.11.13)

(51) 倍返しと土下座で著名な半沢直樹の続編です。
「ロスジェネの逆襲 池井戸潤 ダイヤモンド社」 (2013.11.1)

Column41-50
Column31-40
Column21-30
Column11-20
Column1-10
番外編
スコットランドゴルフ紀行

HOME › 弁護士中山の「私の一冊」

» 事務所紹介    » 業務内容    » 弁護士紹介    » 各種料金    » お問い合わせ