弁護士中山の「私の一冊」

突然、あなたの秘密が本で暴かれたら? (2015.8.17)

ルネ・ナイト「夏の沈黙」東京創元社

 

作者ルネ・ナイトさんは、ロンドン在住の女性作家で、この作品は著者のデビュー作です。著者は、イギリスのBBCでドキュメンタリー番組のディレクター等を経て、テレビや映画の台本を手がけていました。その後、台本作家としての創作活動の興味が高じてBBCを退職、2013年には出版社の開設した小説創作コースで学び、そのうえで初めて書いた小説が本作品です。この方、知る人ぞ知る才能が認められて、本作品が処女作に拘わらず、敏腕プロデューサーのバックアップのもとアメリカ、カナダをはじめフランス、ドイツ、イタリア、ノルウェイ、デンマーク、オランダ、ギリシャ、スペイン、ポルトガル、ポーランド、ルーマニアに至るヨーロッパから南米ブラジル、日本など25か国で同時発売という破格の大型新人です。

さてその作品内容ですが、

偶然、手にした一冊に自分の過去が描かれていたとしたら、しかもそれは自分の記憶の中では封印された秘密の出来事だったとしたら・・・。

というのが本作品のテーマです。

テレビのドキュメンタリー番組を制作している主人公キャサリン、弁護士の夫と出来はいいとはいえないけれどば愛する息子に囲まれ、順風満帆な生活を送っていました。ところが、引っ越しをして、荷物の片付けをしていたとき、荷物の中から何気なく手に取った一冊の本、読んでみるとすぐにひきつけられ、その本の主人公が自分自身であることに気づき、激しい動揺に襲われます。それに追い打ちをかけるようにその本には、「生死にかかわらず実在の人物に類似している点があるとすれば…」という思わせぶりな断りが記してありました。そこにはご丁寧にも赤い線までひかれていたのです。その本のタイトルは「生きずりの人」でした。著者はプレストンという男性ですが、心当たりがありません。そこに書かれていたのは何と20年前に現実にキャサリンの身に起こった忌まわしい事件だったのです。20年前、キャサリンに一体何が起こったのか、今となってはその事実を知っているのはキャサリンをおいてほかにはいないはず。なのにこの本は、その事件を知る関係者の何者かが、キャサリンに対する強い明確な悪意をもって、これを暴露するために書いたとして思われません。しかも興味本位な小説仕立てになってはいるものの、記されている事実は、周辺の事実関係も含めて、キャサリンからすれば当事者の一方から光を当てたに過ぎない欺瞞に満ちたものでした。この本は、悪意ある何者かによって、キャサリンの息子に届けられ、そして夫へも送られて読まれることになります。本を読んだキャサリンの愛すべき家族の反応はいかに・・・。一気に恐慌に陥ってしまうキャサリンでした。この本は誰がどのようにして書いたのか、その謎は次第に解き明かされていきます。

少しだけヒントを言うと、現像されることもないままにあるカメラに残されていたフィルムがプリントされたとき、そこに映し出された画像には、キャサリンが映し出されていました。この写真はあらゆることを想像の世界として描くことができるのでした。写真はどういう事実を語るのか、物語の後半に向けて、この本がどのようにして書かれたのかについて謎解きがなされるとともに、キャサリンの真実が明らかになります。

本書は、2013年春を現在軸としてキャサリンに「行きずりの人」が届けられて、キャサリンの周辺に混乱が生じ、キャサリン自身の反撃が始まりますが、一方で「行きずりの人」の作者の独白により、過去から現在に向けてどのようにしてこの本を書き上げ、キャサリンに届けられたのかについて、そこに至る経緯が明らかにされていくという2つの場面構成からなっています。そうして時間軸は一体となって、2013年秋に事件は収束します。その結論はいかに、といった感じですがいかがでしょうか。

本書の原題はディスクレーマーで、直訳すると「予め責任を否定して免責されることを宣言すること」となりますが、読み終わってみてタイトルに照らすとなるほどとも思いました。できれば読後もう一度読んでみてください。短い文章に隠されたあらゆる伏線がちりばめられていることに気づきます。前評判通りの傑作と言っていいと思います。297頁、一気読み間違いなしの極上のサスペンスをお楽しみください(了)。

過去のコラム

(90)  メンタルなことで仕事が行き詰っていませんか
「北川恵海 ちょっと今から仕事やめてくる メディアワークス文庫」 (2017.9.11)

(89)  池井戸ファンにおススメの一冊です。
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(88)  生まれ変わりを信じますか。
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(87)  アル・カポネ,ジョン・デリンジャーといえば?
「スティーヴン・ハンター Gマン 宿命の銃弾(上・下) 扶桑社ミステリー」 (2017.6.20)

(86)  もしも過去の事実を改変できるとしたら
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(85)  もしも人間の知能を人工的に高めることができるとしたら
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(84)  NHKさん、シュンスケを大河ドラマの主役にしてください
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(83)  純な気持ちでお読みください。
「住野よる 君の膵臓を食べたい 双葉社」 (2017.1.20)

(番外編)  司法修習生はどんな本を読んでいるのか
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(82)  ピカソのキュビズムって何?
「原田マハ 暗幕のゲルニカ 新潮社」 (2016.11.21)

(81)  家康は僻地江戸をどのように建設したのでしょうか
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(80)  ランニングシューズ業界を覗いてみましょう
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(79)  ピアノの調律師って?
「宮下奈都 羊と鋼の森 文藝春秋」 (2016.6.17)

(78)  人はなぜ山に登るのか
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(77)  ガラ携って何?
「相場英雄 ガラパゴス上・下巻 小学館」 (2016.4.11)

(76)  尖閣問題について考えてみましょう。
「青木俊 尖閣ゲーム 幻冬舎」 (2016.3.25)

(75)  宗教にはまったことはありますか。
「中村文則 教団X 集英社」 (2016.3.11)

(74)  中国にもつい100年前まで皇帝がいました。
「浅田次郎 蒼穹の昴 講談社」 (2016.1.26)

(73)  「仁義なき戦い」の菅原文太はかっこよかった。
「柚月裕子 孤狼の血 角川書店」 (2015.12.3)

(72)  どうして山に登るのか
「下村敦史 生還者 講談社」 (2015.12.3)

(71)  お互い愛情もない夫婦、そんな中、相手を突然亡くしたら・・・
「西川美和 永い言い訳 文芸春秋」 (2015.11.9)

(70)  復讐とは虚しいものですね
「ピエール・ルメートル その女アレックス 文春文庫」 (2015.10.29)

(69)  人魚姫ならぬ金魚姫はいかがですか
「萩原浩(おぎわら ひろし) 金魚姫 角川書店」 (2015.10.15)

(68)  突然、あなたの秘密が本で暴かれたら?
「ルネ・ナイト 夏の沈黙 東京創元社」 (2015.8.17)

(67)  ダビィンチには謎がいっぱい
「真保裕一 レオナルドの扉 角川書店」 (2015.8.10)

(66)  戦後の台湾をもっと知ってみたい
「東山彰良 流(りゅう) 講談社」 (2015.8.4)

(65)  産業スパイって本当にいるんですよね。
「吉田修一 森は知っている 幻冬舎」 (2015.6.3)

(64)  ライオンさん、一度でも帰国していれば・・・
「さだまさし 風に立つライオン 幻冬舎文庫」 (2015.4.15)

(63)  それでも3億円が当たってみたい。
「川村元気 億男 マガジンハウス」 (2015.4.7)

(62)  神の子は知能が優れているのでしょうか。
「薬丸岳 神の子 上・下巻 光文社」 (2015.3.25)

(61)  米軍史上最強の狙撃手の自伝です
「クリス・カイル アメリカン・スナイパー ハヤカワ文庫」 (2015.3.10)

(60)  戦隊ヒーローに憧れませんでしたか
「阿部和重・伊坂幸太郎合作 キャプテン・サンダーボルト 文藝春秋」 (2015.3.3)

(59)  裁判員裁判について勉強しよう。
「法坂一広 最終陳述 宝島社」 (2015.2.17)

(58)  死を目前にした男の生きざまとは
「殉愛 百田尚樹 幻冬舎」 (2014.11.27)

(57)  裁判官って普通の人と違うんですか
「黒木亮 法服の王国・小説裁判官(上)(下) 産経新聞出版」 (2014.10.29)

(56) 植物状態から生還したらどうなる?
「真保裕一 奇跡の人 新潮社文庫」 (2013.12.25)

(55) 時をかける手紙
「東野圭吾 ナミヤ雑貨店の奇蹟 角川書店」 (2013.12.11)

(54) 人類の世紀末を想像できますか
「極北 マーセル・セロー  中央公論新社」 (2013.12.2)

(53) パンデミックをご存じですか?
「生存者ゼロ 安生正 宝島社」 (2013.11.21)

(52) 海外で亡くなった人はどのようにして帰国するのでしょうか
「エンジェルフライト 国際霊柩送還士 佐々涼子 集英社」 (2013.11.13)

(51) 倍返しと土下座で著名な半沢直樹の続編です。
「ロスジェネの逆襲 池井戸潤 ダイヤモンド社」 (2013.11.1)

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番外編
スコットランドゴルフ紀行

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