弁護士中山の「私の一冊」

ツール・ド・フランスを観戦しよう (2010.6.21)

近 藤 史 恵 「サクリファイス」新潮社

 

  普通,バイクといえば,オートバイのことだと思いますよね。ところが,欧米では当然のように自転車のことを意味します。自転車といえば私はママちゃりです(笑)。マウンテンバイクは,お叱りを覚悟して言えば,我が愚息の初自転車に買い与えた,形としてはどんな悪路(オフロード)でも走れるように設計された自転車のこと。もちろん,子ども用に買い与えたものと本物とでは似ても似つかないものです。さらに耳慣れないクロスバイクは,マウンテンバイクをアスファルト舗装道路用に改変した自転車ということでしょうか。タイヤが違うみたいですね。さらにロードバイクは,より速く走るためだけの,他のすべての要素をそぎ落とした競技用の自転車です。曰く「この世で最も美しく,効率的な乗り物」だそうです。よく筋肉もりもりの足のぶっとい人がぴったり張り付いたシャツとパンツで車道を颯爽と走り抜ける姿を見かけますね。知人に嵌っている人がいて,興味本位で尋ねてみたら,ロードバイク,シューズ,ウェア,ヘルメット等一式で約70万円かかったそうです。まさに,高級オートバイと遜色ない価格ですね。

  私自身ツール・ド・○○とかトライアスロンでの自転車は,もちろん知ってはいても興味はありませんでした。でも,ヨーロッパではサッカーに次ぐ人気です。最も有名なツール・ド・フランスでは3週間にわたって,1日150キロ以上の距離を走り続け,その間,何度も峠を越える。走行距離は3000キロを越え,高低差は富士山を9回上り下りするのに匹敵するのです。レースですから,もちろん早いモンが勝つ。テレビで放映されていても,あんなにたくさんの人が出て,ぶつかって怪我でもしたら大変だ,と興味は失せてチャンネルをかえる。ところが,知らない世界って本当にあるんですよね。それがこの作品を読んだ率直な感想です。とともにちょっぴりですが,ロードレースにも興味を抱くようになり,健康にも良さそうだし,今度お店屋さんに行ったらクロスバイクでも見てみようと思っています。以下ご紹介します。

  高校3年で中距離陸上選手としてインターハイ優勝した白石誓(しらいし ちかし 通称チカ)。周囲に惜しまれつつも陸上をやめて自転車部のある大学へ進学。エースを経て,卒業とともにプロ「チーム・オッジ」にスカウトされ,目指すロードレースの選手に。まだまだ力不足のチカのチームでのポジションはアシスト。ロードレースは個人戦であるとともにチーム戦です。誰もが思うような単純に誰が一番早いのかを競うものではないのです。ステージを変えて数週間にも及ぶレースもあります。各ステージにおいて,監督により優勝を狙うことを指名されたエースと,これを勝たせるためのアシスト。空気抵抗との戦いのレースにおいて,アシストはエースの前を走り,後続するエースとのタイヤ差10㎝で風よけ役となり,スパートに向けてエースに力を温存させます。また,1日5時間にも及ぶレースにおいて,ドリンクや軽食などの補給物の運搬,他チームの牽制等を行うのがアシストの役目です。なんとアシストは自ら勝つことを許されないのです。チカはどちらかといえばアップダウン主体の山岳コースを得意としますが,平坦コースではまだまだ新参者です。そんなチカがアシストとして,晴れて抜擢された海外遠征でのレース。幾多のステージを経た得意の山岳コースでのステージを迎え,チカは個人区間賞を目指して,初めて勝つことを命ぜられます。ところが,チカがトップでクリアした下りの高速コーナーで,後続組にクラッシュが起きます。チカは無線でクラッシュのこと知らされ,直ちにレースを放棄してクラッシュ現場に逆戻りすることを命ぜられます。そこでチカが目の当たりにしたのは・・・「あらぬ方向に曲がった首と,ぴくりとも動かず投げ出された手・・・教えて欲しい。どこからやりなおせば,この結果を避けられるのだろう。後悔せずにすむのだろう」。当然クラッシュは,偶発的なものに過ぎなかったはずでした。しかし,ドーピング検査の結果は,事件を意外な方向へ運んでいきます。チカがアシストするはずだったエースは,どうしてクラッシュしなければならなかったのか。果たして事件の真相とは。本ストーリーは実はロードレースミステリーだったのです。

  作者は69年大阪生まれ。大阪芸大卒,93年「凍える島」で鮎川哲也賞を受賞してデビュー。本作品では大藪春彦賞受賞。タイトルのサクリファイスとは「生け贄,犠牲」のこと。まさに作品内容を象徴しています。四六版245頁。4時間もあれば読めます。とにかく騙されたとおもって是非読んでみてください。未体験ゾーンの価値ある経験であること必至です。ロードレースの入門書としてもオススメの一冊です。なお,本作品の続編として,チカがいよいよツール・ド・フランスに出場する「エデン」が,先日出版されていますの続けてどうぞ(了)。

過去のコラム

(91)  死神って本当は天使だったの?
「知念実希人 優しい死神の飼い方 光文社文庫」 (2017.10.16)

(90)  メンタルなことで仕事が行き詰っていませんか
「北川恵海 ちょっと今から仕事やめてくる メディアワークス文庫」 (2017.9.11)

(89)  池井戸ファンにおススメの一冊です。
「池井戸潤 アキラとあきら 徳間文庫」 (2017.8.22)

(88)  生まれ変わりを信じますか。
「佐藤正午さんの 月の満ち欠け 岩波書店」 (2017.7.12)

(87)  アル・カポネ,ジョン・デリンジャーといえば?
「スティーヴン・ハンター Gマン 宿命の銃弾(上・下) 扶桑社ミステリー」 (2017.6.20)

(86)  もしも過去の事実を改変できるとしたら
「梶尾真治 クロノス・ジョウンターの伝説 徳間文庫」 (2017.5.16)

(85)  もしも人間の知能を人工的に高めることができるとしたら
「ダニエル・キイス アルジャーノンに花束を ハヤカワ文庫」 (2017.4.11)

(84)  NHKさん、シュンスケを大河ドラマの主役にしてください
「門井慶喜 シュンスケ 角川文庫」 (2017.3.30)

(83)  純な気持ちでお読みください。
「住野よる 君の膵臓を食べたい 双葉社」 (2017.1.20)

(番外編)  司法修習生はどんな本を読んでいるのか
「伊坂幸太郎 サブマリン 講談社」 (2016.12.16)

(82)  ピカソのキュビズムって何?
「原田マハ 暗幕のゲルニカ 新潮社」 (2016.11.21)

(81)  家康は僻地江戸をどのように建設したのでしょうか
「門井慶喜(かどい よしのぶ) 家康、江戸を建てる 祥伝社」 (2016.10.13)

(80)  ランニングシューズ業界を覗いてみましょう
「池井戸潤 陸王 集英社」 (2016.9.9)

(79)  ピアノの調律師って?
「宮下奈都 羊と鋼の森 文藝春秋」 (2016.6.17)

(78)  人はなぜ山に登るのか
「夢枕獏 神々の山嶺(いただき) 上下巻、集英社文庫」 (2016.5.31)

(77)  ガラ携って何?
「相場英雄 ガラパゴス上・下巻 小学館」 (2016.4.11)

(76)  尖閣問題について考えてみましょう。
「青木俊 尖閣ゲーム 幻冬舎」 (2016.3.25)

(75)  宗教にはまったことはありますか。
「中村文則 教団X 集英社」 (2016.3.11)

(74)  中国にもつい100年前まで皇帝がいました。
「浅田次郎 蒼穹の昴 講談社」 (2016.1.26)

(73)  「仁義なき戦い」の菅原文太はかっこよかった。
「柚月裕子 孤狼の血 角川書店」 (2015.12.3)

(72)  どうして山に登るのか
「下村敦史 生還者 講談社」 (2015.12.3)

(71)  お互い愛情もない夫婦、そんな中、相手を突然亡くしたら・・・
「西川美和 永い言い訳 文芸春秋」 (2015.11.9)

(70)  復讐とは虚しいものですね
「ピエール・ルメートル その女アレックス 文春文庫」 (2015.10.29)

(69)  人魚姫ならぬ金魚姫はいかがですか
「萩原浩(おぎわら ひろし) 金魚姫 角川書店」 (2015.10.15)

(68)  突然、あなたの秘密が本で暴かれたら?
「ルネ・ナイト 夏の沈黙 東京創元社」 (2015.8.17)

(67)  ダビィンチには謎がいっぱい
「真保裕一 レオナルドの扉 角川書店」 (2015.8.10)

(66)  戦後の台湾をもっと知ってみたい
「東山彰良 流(りゅう) 講談社」 (2015.8.4)

(65)  産業スパイって本当にいるんですよね。
「吉田修一 森は知っている 幻冬舎」 (2015.6.3)

(64)  ライオンさん、一度でも帰国していれば・・・
「さだまさし 風に立つライオン 幻冬舎文庫」 (2015.4.15)

(63)  それでも3億円が当たってみたい。
「川村元気 億男 マガジンハウス」 (2015.4.7)

(62)  神の子は知能が優れているのでしょうか。
「薬丸岳 神の子 上・下巻 光文社」 (2015.3.25)

(61)  米軍史上最強の狙撃手の自伝です
「クリス・カイル アメリカン・スナイパー ハヤカワ文庫」 (2015.3.10)

(60)  戦隊ヒーローに憧れませんでしたか
「阿部和重・伊坂幸太郎合作 キャプテン・サンダーボルト 文藝春秋」 (2015.3.3)

(59)  裁判員裁判について勉強しよう。
「法坂一広 最終陳述 宝島社」 (2015.2.17)

(58)  死を目前にした男の生きざまとは
「殉愛 百田尚樹 幻冬舎」 (2014.11.27)

(57)  裁判官って普通の人と違うんですか
「黒木亮 法服の王国・小説裁判官(上)(下) 産経新聞出版」 (2014.10.29)

(56) 植物状態から生還したらどうなる?
「真保裕一 奇跡の人 新潮社文庫」 (2013.12.25)

(55) 時をかける手紙
「東野圭吾 ナミヤ雑貨店の奇蹟 角川書店」 (2013.12.11)

(54) 人類の世紀末を想像できますか
「極北 マーセル・セロー  中央公論新社」 (2013.12.2)

(53) パンデミックをご存じですか?
「生存者ゼロ 安生正 宝島社」 (2013.11.21)

(52) 海外で亡くなった人はどのようにして帰国するのでしょうか
「エンジェルフライト 国際霊柩送還士 佐々涼子 集英社」 (2013.11.13)

(51) 倍返しと土下座で著名な半沢直樹の続編です。
「ロスジェネの逆襲 池井戸潤 ダイヤモンド社」 (2013.11.1)

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番外編
スコットランドゴルフ紀行

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