弁護士中山の「私の一冊」

「第9」の前に (2012.12.28)

天童荒太 「歓喜の仔」幻冬舎

 

  ドイツが生んだ偉大なる「楽聖」ルートヴィヒ・バン・ベートーヴェンは,あのハイドンの弟子でした。その前にモーツァルトに弟子入りしようとしたところ,結果として叶わなかったようです。彼は難聴で晩年の10年間は完全に聞こえなくなってしまったそうです。肝硬変で56歳にして亡くなっていますが,その遺髪からは大量の水銀が検出されており,これが難聴の原因ではと推測されています。が,どうして水銀を摂取したのかについては謎に包まれています。

 

  じゃじゃじゃじぁーん,の交響曲第5番「運命」は誰でも知っていますよね。
  年の瀬になると第9ですよね。正しくは「交響曲第9番」ニ短調作品125といいますが,ご存じのとおり,この交響曲には合唱が付いています。

 

曲自体は第1から第4楽章まで約70分間もありますが,合唱は終わりの第4楽章で20分程度です。

 

日本では「歓びの歌」として親しまれています。

 

オリジナルはもちろんドイツ語ですが,もともとフリードリヒ・フォン・シラーという人の作詞の「歓喜に寄す」いう詩にいたく感動したベートーヴェンがこの詩に曲をつけるべく完成したのが第9だったのです。

 

曲の完成とともに,詩の一部をベートーヴェンが書き直しています。彼は秘密結社フリーメイソンの一員だったとされていますが,「歓喜の詩」はフリーメイソンの理念を詩にしたものだとも言われています。

 

さて,本作品のタイトルの「歓喜の仔」の「歓喜」はまさに第9の「歓喜の歌」から来ています。

 

ストーリーです。主たる登場人物は三人の兄弟妹です。

 

子どもたちの父は,知人の保証人をして保証倒れして,多額の負債を抱える羽目となります。たちの悪い暴力金融からの追っ手を免れるため,一家は夜逃げして東京の下町でひそかに暮らしていました。
  しかし,父は突然,妻子を残して消えてしまいます。その直後,母は正気を失い窓から飛び降りて,植物状態となります。

 

以来,子どもたちの生活は一変してしまいます。残された子どもたちは,意識不明で寝たきりの母親を抱え,誰に頼ることなく独力で生活して行く道を選択します。

 

高校2年生だった長男誠は残された一家の大黒柱として,金貸しの暴力団組織の言いなりに闇の仕事を紹介され,父の借金を返しながら家族を養うことになります。
  高校を中退し,早朝は野菜市場,日中は中華料理屋,深夜は覚せい剤の小分けの仕事をします。 誠は高校では合唱部にいましたが,大好きだった歌も唄わなくなります。

 

次男正二は小学6年生,絵が好きだった正二は,母の事故のショックから色彩感覚を失います。モノクロの世界です。寝たきりの母のおむつ替えをはじめ母の面倒を見るのが彼の日課となります。

 

妹香織は5歳の幼稚園児です。人より嗅覚が鋭く,普通の人に見えないものが見え,霊との会話が出来るのです。また,母の事故以来嗅覚に異常を来してしまいます。

 

どうしてこんなことになってしまったのか,こんな子どもたちに未来はあるのか。背負いきれないほどの現実の中,子どもたちの日常がはじまります。

 

という感じですがいかがでしょうか。

 

とにかく本編はどん底の不幸を地で行くような設定で,読んでいてもあまりにかわいそ過ぎて辛くなってしまいます。

 

が,ラストに乞うご期待です。

 

ご安心ください。ハッピィになれます。

 

作者によれば「かっこいい,と,ため息が出るようなもの,そして物語の最後には,読んだ人の頭の上で,あるいは胸の奥で歓喜の歌が高らかに鳴り響くような作品」をめざして書いたんだそうです。

 

上下巻561頁です。大晦日に第9を聴く前に読んでみませんか,果たして読んだ後に本当に「歓びの歌」が聞こえてくるイメージが出るのか試してみてください。

 

作者天童荒太1960年愛媛県生まれ,明治大学文学部演劇学科卒。2009年「悼む人」で直木賞受賞。ITに疎く携帯電話すら持たないという(了)。

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