弁護士中山の「私の一冊」

水戸黄門さま (2012.12.17)

沖方 丁 「光圀伝」 角川書店

 

  主人公はあの水戸黄門様こと徳川光圀です。ちなみに水戸黄門の黄門は黄色い門と書きますが,これは中国で皇帝に仕えていた高官の職制上の呼称で,日本でも位階でいう中納言の別称として使われていたそうです。光圀は水戸徳川家28万石の2代目藩主で権中納言でした。父頼房は,家康の11男で2代将軍秀忠の弟になります。紀伊,尾張と並び徳川御三家として将軍家に嫡男なきときにここから将軍が輩出されていたことはご存じのとおりです。頼房幼少の頃,家康から欲しいものを言えと言われて「天下が欲しい」と答えて家康から遠ざけられる程の野心家だったそうです。

  さて水戸光圀です。これほど有名な世直し将軍様はいないと思います。

「ものども控えおろ・・・この紋所が目に入らぬか・・・こちらにおわすを誰と思うてか,先の副将軍,水戸光圀様にあらせられるぞ・・・」

葵のご紋が入った印籠をかざすこのシーン,誰もがすきっとする一瞬ですよね。勧善懲悪,水戸黄門漫遊記は時代劇の定番として,はじめて映画化されたのが1910年だそうで,以来映画だけで数10作,テレビにあっても私が生まれる前からオンエアされていたんですね。

この漫遊記,それらしいことが本当にあったのでしょうか?
  ・・・答えは否です。

江戸時代,大名にはご存じのとおり,参勤交代がありましたが,水戸徳川家だけはこれが免除されていました。その代わりに,藩主は江戸常駐を義務づけられていました。藩主は,自由がきかず自らの領地水戸へ帰藩するにも,将軍の許可がない限りできなかったのです。ということで光圀は生涯,水戸と江戸の往復のほかは,家康の霊廟である日光東照宮への墓参りを除き,ほとんど旅することが出来ず,従って,水戸黄門諸国漫遊記は史実としては存在しないのです。
  しかし,風車の矢七ではありませんが,もと忍びの盗賊領主や博徒親分を自らの手下として取り立て録を与えて,領内の安全に役立てたという事実はあるようです。それでも史実によれば,光圀は名君として庶民の間でも評判が高く,後に幕末の水戸学の始祖としての浸透が起源となっていったようです。なお,宝暦年間(1751~1763年)に実録小説である「水戸黄門仁徳録」が成立しており,その100年後の幕末に水戸黄門漫遊記が創作されたらしいとのことです。

ということで,本作品は世直し漫遊記ではありません。

では,ご紹介する光圀伝には何が書かれているのかですが,史実及び実話をベースに,知られざる光圀の波瀾万丈73年間の生涯が小説仕立てで描かれています。

さてストーリーですが,冒頭,光圀が自ら抜擢した水戸家家老・藤井紋太夫を手に掛け殺めたことを回想するシーンからはじまります。これは史実ですが,なぜ光圀は家老を殺したのか。諸説ありますが,この理由を直接に語っている資料は残されていないようです。作者はこの謎解きを光圀の生涯を振り返ることによって明らかにしようとしています。

光圀は3男でありながら兄を差し置いて幼少時より水戸藩の世継ぎとして育てられました。藩主となるためのお試しとして,父から命じられて夜中にひとりで打ち首になった男の首を取りに行かされたり,台風一過の急流の川をひとり泳がされたりとか数々の試練を課されることになります。光圀自身当初は世継ぎとなることを誇りに思っていました。しかし,成長していく中で,自分は三男であり,明晰な兄がありながら「どうして自分(がお世継ぎ)なのか」かについての深い疑問を抱きはじめます。儒学に傾倒し,兄を差し置いて世継ぎになることを己の不義と考えます。そしてこの不義を解消するための「大義」を求め悩みます。その反動で身分を隠しお忍びで町に出かけ,吉原通いをしたり,喧嘩乱闘に加わったり,果てには辻斬りまがいのことをしたり,とご乱行を繰り返します。2代藩主(お世継ぎ)を辞すべく父と対峙したりもしますが,ついには己の大儀を見つけます。その意外な大儀とはなんだったのか?これは読んでのお楽しみです。

また,光圀は歴史書の編纂に尽力し,250年後に集大成するあの「大日本史」の先駆けとなります。
  明暦の大火で10万人ともいわれる江戸の町民の命が失われます。この火事では江戸の大半が焼失し水戸藩藩邸も例外ではなく,大量な所蔵史書をも焼失してしまいます。しかし,光圀は「どれほどのものが失われ,奪われようとも,人がこの世にいたという事実は永劫不滅であること,それこそが歴史書の意義である」ことを悟り,史書編纂を自らの使命とします。

脇となる登場人物には,林羅山とその息子たち,山鹿素行や晩年の宮本武蔵,沢庵和尚,天地明察の主人公である渋川春海などがおり,味深いものとなっています。2012年山田風太郎賞受賞,750頁(了)。

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