弁護士中山の「私の一冊」

辞書の作り方 (2012.12.11)

三浦しをん 「舟を編む」 光文社

 

  何か調べものをするとき,昔は図書館などに行ったりしたもんですが,今はまずパソコンにあたりますよね。最近,広辞苑とか国語辞典とかの辞書を引いたことありますか?

  辞書には規模にもよりますが,普通に中学生が使用している国語辞典で多くて約10万項目くらい収録されていますが,あれって誰が作っているんでしょうか?

  それに作るのって,すごい大変そうですよね。一冊の辞書が出版されるまでにどれくらいの時間を要すると思われますか?

  日本で近代国語辞典をはじめて作成したのは国語学者の大槻文彦さんで,書名は言葉の海と書いて「言海」,完成したのは明治初期の1886年のことでした。たった1人で17年間かかったんだそうです。文部省に属し,明治政府からの命で作成したのですが,公費出版されることはなく,後に自費出版されました。
  この「言海」は芥川龍之介や開高健が愛読していたことで有名なんだそうです。

  辞書で最も大規模なのは,1972年刊行の小学館の「日本国語大辞典」です。200名以上の執筆者により12年の歳月をかけて実に45万項目を収録していました。これに改訂を重ね,現在は50万項目を収録しています。
  辞書は出版社の威信をかけて各分野の学者や専門家が原稿を書き,これをもとに編集され,監修者がチェックする方法で地道に作成されます。通常の刊行物は,ゲラは1回から2回校正して印刷されるますが,辞典の場合は,間違いないよう5回も校正され,その度に手が加えられるといいます。

  さて本作品です。話題になったのでご存じかとも思いますが,本書は要は辞典ができるまでの過程を作り手の立場から綴られたものですが,苦労もありますが,それでいて人間味が溢れるほのぼのする小説となっています。
  総合出版社玄武書房に勤める定年間際の荒木公平。彼の人生は辞書に捧げられてきたと言っても過言ではありませんでした。入社して以来37年間にわたり,辞書編集部の編集者として,国語学者の元大学教授,松本先生とともに数多くの小辞典を手がけました。 心残りは広辞苑や大辞林に並ぶ中辞典の刊行をしたことがないことでした。そんな彼は,社内営業部に変人としてもてあまされていた馬締光也(通称マジメ)に辞書編集者としての才を見いだします。社内最後の仕事としてマジメを辞書編集部に引き抜き荒木の後釜に据え,松本先生とともに新しい辞典,大きく渡る海と書いて「大渡海」刊行の夢を託すのでした。
  そのマジメ君は大学院で言語学を専攻し入社3年目27才独身でした。松本先生は編集者として,いつ何時でも用例採取カードなるものを持ち歩いて,知らない言葉を聞くとすぐに書き込むという習慣を持つ徹底した辞書人間でした。これをもとに採取した言葉を辞書に載せるかどうかを検討するのです。
  松本先生と荒木は「辞書は言葉の海を渡る舟だ」「海を渡るにふさわしい舟を編む」とこれから作るべき「大渡海」に込めた思いを語ります。これに共感し,その日からマジメ君の事実上たった1人での奮闘努力がはじまります。しかし,問題が山積する辞書編集部。その戦いがまさか15年にも及ぶことになろうとは,読者としても驚くばかりです。
  その間,マジメ君は恋をし,周囲には去る人あり,訪れる人ありで容赦なく時は流れていきます。こうして,辞典編集も佳境に入ってきます。果たして,辞典「大渡海」は完成するのか。という感じですが,いかがでしょうか。

  学校では,子どもたちに何でもパソコンに頼るのではなくて紙ベースの辞典を引く運動をしているそうです。今回のこの一冊でどうか辞書の魅力を感じてみてください。

  本作品は2012年の「本屋さん大賞」を受賞,2012年の小説部門の売り上げナンバーワンとなりました。来春には松田龍平と宮崎あおいの主演で映画公開されます。作者の三浦さんは早大第1文学部卒,98年就職活動で入社試験を受けた出版者の担当者から,試験での作文で文才を見いだされ,間もなく小説を書き始めたといいます。2000年作家デビュー,06年に「まほろ駅前多田便利軒」で29歳の若さで直木賞を受賞しています。現在36歳(了)。

過去のコラム

(90)  メンタルなことで仕事が行き詰っていませんか
「北川恵海 ちょっと今から仕事やめてくる メディアワークス文庫」 (2017.9.11)

(89)  池井戸ファンにおススメの一冊です。
「池井戸潤 アキラとあきら 徳間文庫」 (2017.8.22)

(88)  生まれ変わりを信じますか。
「佐藤正午さんの 月の満ち欠け 岩波書店」 (2017.7.12)

(87)  アル・カポネ,ジョン・デリンジャーといえば?
「スティーヴン・ハンター Gマン 宿命の銃弾(上・下) 扶桑社ミステリー」 (2017.6.20)

(86)  もしも過去の事実を改変できるとしたら
「梶尾真治 クロノス・ジョウンターの伝説 徳間文庫」 (2017.5.16)

(85)  もしも人間の知能を人工的に高めることができるとしたら
「ダニエル・キイス アルジャーノンに花束を ハヤカワ文庫」 (2017.4.11)

(84)  NHKさん、シュンスケを大河ドラマの主役にしてください
「門井慶喜 シュンスケ 角川文庫」 (2017.3.30)

(83)  純な気持ちでお読みください。
「住野よる 君の膵臓を食べたい 双葉社」 (2017.1.20)

(番外編)  司法修習生はどんな本を読んでいるのか
「伊坂幸太郎 サブマリン 講談社」 (2016.12.16)

(82)  ピカソのキュビズムって何?
「原田マハ 暗幕のゲルニカ 新潮社」 (2016.11.21)

(81)  家康は僻地江戸をどのように建設したのでしょうか
「門井慶喜(かどい よしのぶ) 家康、江戸を建てる 祥伝社」 (2016.10.13)

(80)  ランニングシューズ業界を覗いてみましょう
「池井戸潤 陸王 集英社」 (2016.9.9)

(79)  ピアノの調律師って?
「宮下奈都 羊と鋼の森 文藝春秋」 (2016.6.17)

(78)  人はなぜ山に登るのか
「夢枕獏 神々の山嶺(いただき) 上下巻、集英社文庫」 (2016.5.31)

(77)  ガラ携って何?
「相場英雄 ガラパゴス上・下巻 小学館」 (2016.4.11)

(76)  尖閣問題について考えてみましょう。
「青木俊 尖閣ゲーム 幻冬舎」 (2016.3.25)

(75)  宗教にはまったことはありますか。
「中村文則 教団X 集英社」 (2016.3.11)

(74)  中国にもつい100年前まで皇帝がいました。
「浅田次郎 蒼穹の昴 講談社」 (2016.1.26)

(73)  「仁義なき戦い」の菅原文太はかっこよかった。
「柚月裕子 孤狼の血 角川書店」 (2015.12.3)

(72)  どうして山に登るのか
「下村敦史 生還者 講談社」 (2015.12.3)

(71)  お互い愛情もない夫婦、そんな中、相手を突然亡くしたら・・・
「西川美和 永い言い訳 文芸春秋」 (2015.11.9)

(70)  復讐とは虚しいものですね
「ピエール・ルメートル その女アレックス 文春文庫」 (2015.10.29)

(69)  人魚姫ならぬ金魚姫はいかがですか
「萩原浩(おぎわら ひろし) 金魚姫 角川書店」 (2015.10.15)

(68)  突然、あなたの秘密が本で暴かれたら?
「ルネ・ナイト 夏の沈黙 東京創元社」 (2015.8.17)

(67)  ダビィンチには謎がいっぱい
「真保裕一 レオナルドの扉 角川書店」 (2015.8.10)

(66)  戦後の台湾をもっと知ってみたい
「東山彰良 流(りゅう) 講談社」 (2015.8.4)

(65)  産業スパイって本当にいるんですよね。
「吉田修一 森は知っている 幻冬舎」 (2015.6.3)

(64)  ライオンさん、一度でも帰国していれば・・・
「さだまさし 風に立つライオン 幻冬舎文庫」 (2015.4.15)

(63)  それでも3億円が当たってみたい。
「川村元気 億男 マガジンハウス」 (2015.4.7)

(62)  神の子は知能が優れているのでしょうか。
「薬丸岳 神の子 上・下巻 光文社」 (2015.3.25)

(61)  米軍史上最強の狙撃手の自伝です
「クリス・カイル アメリカン・スナイパー ハヤカワ文庫」 (2015.3.10)

(60)  戦隊ヒーローに憧れませんでしたか
「阿部和重・伊坂幸太郎合作 キャプテン・サンダーボルト 文藝春秋」 (2015.3.3)

(59)  裁判員裁判について勉強しよう。
「法坂一広 最終陳述 宝島社」 (2015.2.17)

(58)  死を目前にした男の生きざまとは
「殉愛 百田尚樹 幻冬舎」 (2014.11.27)

(57)  裁判官って普通の人と違うんですか
「黒木亮 法服の王国・小説裁判官(上)(下) 産経新聞出版」 (2014.10.29)

(56) 植物状態から生還したらどうなる?
「真保裕一 奇跡の人 新潮社文庫」 (2013.12.25)

(55) 時をかける手紙
「東野圭吾 ナミヤ雑貨店の奇蹟 角川書店」 (2013.12.11)

(54) 人類の世紀末を想像できますか
「極北 マーセル・セロー  中央公論新社」 (2013.12.2)

(53) パンデミックをご存じですか?
「生存者ゼロ 安生正 宝島社」 (2013.11.21)

(52) 海外で亡くなった人はどのようにして帰国するのでしょうか
「エンジェルフライト 国際霊柩送還士 佐々涼子 集英社」 (2013.11.13)

(51) 倍返しと土下座で著名な半沢直樹の続編です。
「ロスジェネの逆襲 池井戸潤 ダイヤモンド社」 (2013.11.1)

Column41-50
Column31-40
Column21-30
Column11-20
Column1-10
番外編
スコットランドゴルフ紀行

HOME › 弁護士中山の「私の一冊」

» 事務所紹介    » 業務内容    » 弁護士紹介    » 各種料金    » お問い合わせ