弁護士中山の「私の一冊」

武士の本分とは (2012.4.16)

葉室 麟 「蜩ノ記」 詳伝社

 

  歴史物,時代物といえば,司馬遼太郎さんですよね。誰もが愛した彼の作品群。私も,全集まで含めてその大半を読んでいると思います。彼の作品は「龍馬がゆく」でもそうでしたが,史実をベースとしながらも,多分にフィクションを折り込んでおり,読んでいて本当におもしろいのですが,読者としてはどの部分がフィクションか判読できなくて,ついついすべてが本当にあった出来事なんだと錯覚してしまいますよね。司馬さんは新聞記者出身でした。

  本作品の著者葉室さんは小倉生まれで久留米の明善高校,福岡の西南学院大学卒業,現在は久留米在住です。地方紙(たぶん西日本新聞社?)の新聞記者をされた後,50歳くらいから文筆活動に入り,2005年,54歳で江戸時代元禄期の絵師尾形光琳,陶工尾形乾山兄弟を題材にした「乾山晩愁」で作家デビューです。そしていきなり歴史文学賞を受賞されました。その後も精力的に時代物,歴史物を書いておられます。

  葉室さんは,何とこれまで過去5回も直木賞候補として連続ノミネーされており,本作品で晴れて直木賞を受賞されました。ご本人も,記者からの質問に答えて「落選はもう勘弁して欲しい」というのがホンネだったそうです。

  今回の受賞作「蜩ノ記」も,もちろん時代物です。蜩(ひぐらし)とはあのカナカナと鳴く昆虫のせみのことですが,物語は,時は江戸時代,豊後の国,羽根藩でのお話しです。もちろん羽根藩は架空で実在しませんが,現在の大分あたりが想定されています。主人公は羽根藩藩士戸田秋谷です。彼はお国にて郡奉行を務めたあと,江戸藩邸にて藩の用人となりますが,なんと先代藩主の側室と不義密通し,それを見とがめた小姓を切り捨てたというカドで切腹を申しつけられます。しかし,藩主の特別の命によりこの切腹は10年後に執行するものとされたのでした。10年後とされたのには訳がありました。というのも,秋谷は学問に秀でており,その頃お家の家譜,つまり初代藩主から現在までの家系図と藩内で起こった主な事件を記載した藩の歴史書のようなものですが,この家譜の編纂にひとりで取り組んでおり,秋谷の切腹により家譜編纂が中断するのを藩主が惜しんだのでした。当時,家譜の編纂は格式を高めるものとして武家で流行しており,そこで,藩主は向こう10年かけて家譜の編纂を完成するようにと命じたのでした。秋谷は,かって自ら郡奉行を務めていた山間の村に幽閉され,そこで,妻子とともにつましい生活をしながら家譜の編纂に取り組むこととなりました。そして,はや7年の歳月が経過し,既に10年後の切腹を命じた藩主も没しています。一方,その頃,城内で刃傷沙汰を起こしてしまった檀野庄三郎。松の廊下事件ではありませんが,城内での刃傷沙汰は,当然,切腹です。それが,家老のこれまた特別な計らいで助命されます。家老から助命の代わりに命ぜられたのが,何と3年後に切腹を控えた秋谷の家譜編纂の輔佐と監視役でした。早速,庄三郎は秋谷の幽閉先へと赴き,秋谷と対峙します。庄三郎は,秋谷の武士としての有り様からすぐに疑問を抱きます。秋谷が起こしたとされる不義密通事件は,実は,えん罪ではないのかと。庄三郎は,家譜編纂のために文献と人間関係を調べるうちに,次第に藩の過去から現在にわたる不祥事の数々を目の当たりにします。そして明らかになる不義密通事件の真相とは?

  ミステリー的要素が加わり,ついつい引き込まれてしまいます。秋谷切腹の日は刻一刻と迫ります。秋谷の切腹をなんとか赦免してもらう手だてはないのか。
  武士ならではのプライドの高さ,清廉さ,潔さ。本当に己の信念のために平気で命を捨てることができるのか。
  タイトルの「蜩の記」とは,秋谷が家譜の編纂を命ぜられて以降,編纂の傍ら毎日のことを書き留めた日記でした。秋谷は言います。「夏がくるとこのあたりはよくせみが鳴きます。特に秋の気配が近づくと,夏が終わるのを悲しむかのような鳴き声に聞こえます。それがしも,きたる日1日を懸命に生きる身の上でござれば,日暮らしの意味合いを込めて名付けました。」と。さて,いかがでしょうか。全327頁ですが,謎解きのラスト90頁は一気読みです。どうかご堪能ください(了)。

過去のコラム

(91)  死神って本当は天使だったの?
「知念実希人 優しい死神の飼い方 光文社文庫」 (2017.10.16)

(90)  メンタルなことで仕事が行き詰っていませんか
「北川恵海 ちょっと今から仕事やめてくる メディアワークス文庫」 (2017.9.11)

(89)  池井戸ファンにおススメの一冊です。
「池井戸潤 アキラとあきら 徳間文庫」 (2017.8.22)

(88)  生まれ変わりを信じますか。
「佐藤正午さんの 月の満ち欠け 岩波書店」 (2017.7.12)

(87)  アル・カポネ,ジョン・デリンジャーといえば?
「スティーヴン・ハンター Gマン 宿命の銃弾(上・下) 扶桑社ミステリー」 (2017.6.20)

(86)  もしも過去の事実を改変できるとしたら
「梶尾真治 クロノス・ジョウンターの伝説 徳間文庫」 (2017.5.16)

(85)  もしも人間の知能を人工的に高めることができるとしたら
「ダニエル・キイス アルジャーノンに花束を ハヤカワ文庫」 (2017.4.11)

(84)  NHKさん、シュンスケを大河ドラマの主役にしてください
「門井慶喜 シュンスケ 角川文庫」 (2017.3.30)

(83)  純な気持ちでお読みください。
「住野よる 君の膵臓を食べたい 双葉社」 (2017.1.20)

(番外編)  司法修習生はどんな本を読んでいるのか
「伊坂幸太郎 サブマリン 講談社」 (2016.12.16)

(82)  ピカソのキュビズムって何?
「原田マハ 暗幕のゲルニカ 新潮社」 (2016.11.21)

(81)  家康は僻地江戸をどのように建設したのでしょうか
「門井慶喜(かどい よしのぶ) 家康、江戸を建てる 祥伝社」 (2016.10.13)

(80)  ランニングシューズ業界を覗いてみましょう
「池井戸潤 陸王 集英社」 (2016.9.9)

(79)  ピアノの調律師って?
「宮下奈都 羊と鋼の森 文藝春秋」 (2016.6.17)

(78)  人はなぜ山に登るのか
「夢枕獏 神々の山嶺(いただき) 上下巻、集英社文庫」 (2016.5.31)

(77)  ガラ携って何?
「相場英雄 ガラパゴス上・下巻 小学館」 (2016.4.11)

(76)  尖閣問題について考えてみましょう。
「青木俊 尖閣ゲーム 幻冬舎」 (2016.3.25)

(75)  宗教にはまったことはありますか。
「中村文則 教団X 集英社」 (2016.3.11)

(74)  中国にもつい100年前まで皇帝がいました。
「浅田次郎 蒼穹の昴 講談社」 (2016.1.26)

(73)  「仁義なき戦い」の菅原文太はかっこよかった。
「柚月裕子 孤狼の血 角川書店」 (2015.12.3)

(72)  どうして山に登るのか
「下村敦史 生還者 講談社」 (2015.12.3)

(71)  お互い愛情もない夫婦、そんな中、相手を突然亡くしたら・・・
「西川美和 永い言い訳 文芸春秋」 (2015.11.9)

(70)  復讐とは虚しいものですね
「ピエール・ルメートル その女アレックス 文春文庫」 (2015.10.29)

(69)  人魚姫ならぬ金魚姫はいかがですか
「萩原浩(おぎわら ひろし) 金魚姫 角川書店」 (2015.10.15)

(68)  突然、あなたの秘密が本で暴かれたら?
「ルネ・ナイト 夏の沈黙 東京創元社」 (2015.8.17)

(67)  ダビィンチには謎がいっぱい
「真保裕一 レオナルドの扉 角川書店」 (2015.8.10)

(66)  戦後の台湾をもっと知ってみたい
「東山彰良 流(りゅう) 講談社」 (2015.8.4)

(65)  産業スパイって本当にいるんですよね。
「吉田修一 森は知っている 幻冬舎」 (2015.6.3)

(64)  ライオンさん、一度でも帰国していれば・・・
「さだまさし 風に立つライオン 幻冬舎文庫」 (2015.4.15)

(63)  それでも3億円が当たってみたい。
「川村元気 億男 マガジンハウス」 (2015.4.7)

(62)  神の子は知能が優れているのでしょうか。
「薬丸岳 神の子 上・下巻 光文社」 (2015.3.25)

(61)  米軍史上最強の狙撃手の自伝です
「クリス・カイル アメリカン・スナイパー ハヤカワ文庫」 (2015.3.10)

(60)  戦隊ヒーローに憧れませんでしたか
「阿部和重・伊坂幸太郎合作 キャプテン・サンダーボルト 文藝春秋」 (2015.3.3)

(59)  裁判員裁判について勉強しよう。
「法坂一広 最終陳述 宝島社」 (2015.2.17)

(58)  死を目前にした男の生きざまとは
「殉愛 百田尚樹 幻冬舎」 (2014.11.27)

(57)  裁判官って普通の人と違うんですか
「黒木亮 法服の王国・小説裁判官(上)(下) 産経新聞出版」 (2014.10.29)

(56) 植物状態から生還したらどうなる?
「真保裕一 奇跡の人 新潮社文庫」 (2013.12.25)

(55) 時をかける手紙
「東野圭吾 ナミヤ雑貨店の奇蹟 角川書店」 (2013.12.11)

(54) 人類の世紀末を想像できますか
「極北 マーセル・セロー  中央公論新社」 (2013.12.2)

(53) パンデミックをご存じですか?
「生存者ゼロ 安生正 宝島社」 (2013.11.21)

(52) 海外で亡くなった人はどのようにして帰国するのでしょうか
「エンジェルフライト 国際霊柩送還士 佐々涼子 集英社」 (2013.11.13)

(51) 倍返しと土下座で著名な半沢直樹の続編です。
「ロスジェネの逆襲 池井戸潤 ダイヤモンド社」 (2013.11.1)

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番外編
スコットランドゴルフ紀行

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