弁護士中山の「私の一冊」

こんな弁護士ってありですか (2012.3.6)

法坂一広 「弁護士探偵物語・天使の分け前」宝島社

 

  作者(ペンネーム)は福岡の現役弁護士です。この作品が初めての小説です。これで宝島社の新人登竜門である第10回「このミステリーがすごい大賞」を受賞しました。応募当時の元題は「エンジェルズ・シェア」,受賞決定時が「懲戒弁護士」と変遷しました。受賞後,選考委員からかなりの書き直しをさせられて,タイトルも冒頭へと再々変更になったとのことです。ちなみに今回の応募作品394作もあったそうで,それだけにすごい強運の持ち主とも言えるでしょう。さて作品ですが,タイトルのとおり弁護士が犯人捜しをする探偵小説です。

 

  探偵小説といえば,その黎明はご存じ,レイモンド・チャンドラーの作品に登場する私立探偵フィリップマーロウですね。チャンドラーは,ハードボイルドの走りでもあるわけですが,本作品もとことんハードボイルドタッチです。チャンドラーを意識したというか,チャンドラーを愛読した方ならすぐわかりますが,端々でパロディーと言えそうな台詞続出です。文体は「私」を中心として一人称で,ひとつひとつの文章がごく短く切られています。それでいて,比喩的で主人公をしてここまで言わせなくてもねえと思うくらい軽妙,減らず口を叩かせるのです。例えば,初対面の女性に対して軽口ですぐに誘いの言葉をかけるとか,現実には,こんなんありえんやろと信憑性を左右するくらいやりすぎの感もあります。あと欲を言えば,作品中,色ものの場面がほとんどありません。まあ,初めての小説ですし,そこら辺はハードボイルドだからということであきらめましょう。

 

  さて作品です。主人公の「私」は当番弁護士として刑事責任能力に問題のある容疑者の殺人事件を担当することになります。容疑者は,母子の死体をナイフで傷付けているところ逮捕されたのでした。しかし,面会した「私」に対して容疑者は,蘇生のため心臓を直接マッサージするために体を切ったことは間違いないけれど,母子2人を絞殺したとされる犯行のことは,「記憶がない」と言います。どうみても有罪確実という一丁上がりの殺人事件のはずが,杜撰な関係証拠から私も次第にクロからグレーとの心証を持ちます。ところが,被告人は捜査官により自ら犯行を認める旨の自白調書を取られてしまいます。オマケに,第1回の裁判の罪状認否において,検察官から朗読された公訴事実に対して,「間違いありません」と有罪答弁をしてしまう始末です。これに反し,「私」は法廷で被告人の無罪を主張します。このことから,裁判官及び検事により「被告人が認めているのに弁護人が否認するとはどういうことか」と非難を受けます。そんなこんなで,「私」は行きがかり上,通常許される範囲を超えた弁護活動をしてしまいます。結局,「私」は国選弁護人をクビになるだけでなく,弁護士会から業務停止1年の懲戒処分を受ける羽目になります(業務停止とは,弁護士バッチを業務停止の期間中返上して事務所の看板を下げて一切の弁護士業務を停止すること)。

 

  このあたりの回想シーンは,作者が現役弁護士だからこその迫真性と,刑事事件における司法と検察のなれ合いを風刺する活き活きしたものに仕上がっており,痛快であり惹きつけられます。

 

  懲戒弁護士となった「私」は業務停止中,アルバイトとして探偵事務所の手伝いをします。そこで,亭主の素行調査を依頼する美女に会い,ひょんなことから業務停止明け後にその女性の離婚事件を担当することになります。ここからが新たな事件というか,第2の不幸のはじまりです。件(くだん)の「私」が担当していた被告人は,「私」とは別の弁護人の弁護活動により,刑事責任能力なしとの理由で,精神病院に強制入院させられていました。ところがその人が,なんと死体となって,「私」の法律事務所で見つかります。「私」は四の五の申し開きをしない容疑者として逮捕されます。逮捕に引き続き勾留されますが,なんと接見に来た弁護人の選任を拒みます。果たして「私」は濡れ衣をはらすことができるのか。事件の真犯人は誰なのか。と,ざっとそういうストーリーです。当然,ラストでは一応というか,落着するわけですが,物語自体,また終わり方自体からして,違う事件発生ということで続編がありそうで,さらにシリーズ化しそうな雰囲気です。

 

  オマケとして巻末に便利な弁護士の業界用語の解説がついており,これがまた笑わせます。

 

  最後に,キャリアだけは先輩弁護士という立場を活かし,この本を読んだ後,私から法坂さんに電話してお話を伺いました。今は発刊したばかりですので,サイン会に行ったり,テレビやラジオに出演してPR活動に忙しいそうです。法坂さん曰く,「選考委員などに言われて,札幌を舞台とした東直己さんの探偵小説を読みました。こちらは福岡が舞台ですが,年内には続編を書きたいと思いますのでよろしくお願いします」とのことでした。ただ,残念ながら法坂さんが大賞の賞金1200万円で如何に豪遊したのか聞きそびれてしまいました(了)。

過去のコラム

(91)  死神って本当は天使だったの?
「知念実希人 優しい死神の飼い方 光文社文庫」 (2017.10.16)

(90)  メンタルなことで仕事が行き詰っていませんか
「北川恵海 ちょっと今から仕事やめてくる メディアワークス文庫」 (2017.9.11)

(89)  池井戸ファンにおススメの一冊です。
「池井戸潤 アキラとあきら 徳間文庫」 (2017.8.22)

(88)  生まれ変わりを信じますか。
「佐藤正午さんの 月の満ち欠け 岩波書店」 (2017.7.12)

(87)  アル・カポネ,ジョン・デリンジャーといえば?
「スティーヴン・ハンター Gマン 宿命の銃弾(上・下) 扶桑社ミステリー」 (2017.6.20)

(86)  もしも過去の事実を改変できるとしたら
「梶尾真治 クロノス・ジョウンターの伝説 徳間文庫」 (2017.5.16)

(85)  もしも人間の知能を人工的に高めることができるとしたら
「ダニエル・キイス アルジャーノンに花束を ハヤカワ文庫」 (2017.4.11)

(84)  NHKさん、シュンスケを大河ドラマの主役にしてください
「門井慶喜 シュンスケ 角川文庫」 (2017.3.30)

(83)  純な気持ちでお読みください。
「住野よる 君の膵臓を食べたい 双葉社」 (2017.1.20)

(番外編)  司法修習生はどんな本を読んでいるのか
「伊坂幸太郎 サブマリン 講談社」 (2016.12.16)

(82)  ピカソのキュビズムって何?
「原田マハ 暗幕のゲルニカ 新潮社」 (2016.11.21)

(81)  家康は僻地江戸をどのように建設したのでしょうか
「門井慶喜(かどい よしのぶ) 家康、江戸を建てる 祥伝社」 (2016.10.13)

(80)  ランニングシューズ業界を覗いてみましょう
「池井戸潤 陸王 集英社」 (2016.9.9)

(79)  ピアノの調律師って?
「宮下奈都 羊と鋼の森 文藝春秋」 (2016.6.17)

(78)  人はなぜ山に登るのか
「夢枕獏 神々の山嶺(いただき) 上下巻、集英社文庫」 (2016.5.31)

(77)  ガラ携って何?
「相場英雄 ガラパゴス上・下巻 小学館」 (2016.4.11)

(76)  尖閣問題について考えてみましょう。
「青木俊 尖閣ゲーム 幻冬舎」 (2016.3.25)

(75)  宗教にはまったことはありますか。
「中村文則 教団X 集英社」 (2016.3.11)

(74)  中国にもつい100年前まで皇帝がいました。
「浅田次郎 蒼穹の昴 講談社」 (2016.1.26)

(73)  「仁義なき戦い」の菅原文太はかっこよかった。
「柚月裕子 孤狼の血 角川書店」 (2015.12.3)

(72)  どうして山に登るのか
「下村敦史 生還者 講談社」 (2015.12.3)

(71)  お互い愛情もない夫婦、そんな中、相手を突然亡くしたら・・・
「西川美和 永い言い訳 文芸春秋」 (2015.11.9)

(70)  復讐とは虚しいものですね
「ピエール・ルメートル その女アレックス 文春文庫」 (2015.10.29)

(69)  人魚姫ならぬ金魚姫はいかがですか
「萩原浩(おぎわら ひろし) 金魚姫 角川書店」 (2015.10.15)

(68)  突然、あなたの秘密が本で暴かれたら?
「ルネ・ナイト 夏の沈黙 東京創元社」 (2015.8.17)

(67)  ダビィンチには謎がいっぱい
「真保裕一 レオナルドの扉 角川書店」 (2015.8.10)

(66)  戦後の台湾をもっと知ってみたい
「東山彰良 流(りゅう) 講談社」 (2015.8.4)

(65)  産業スパイって本当にいるんですよね。
「吉田修一 森は知っている 幻冬舎」 (2015.6.3)

(64)  ライオンさん、一度でも帰国していれば・・・
「さだまさし 風に立つライオン 幻冬舎文庫」 (2015.4.15)

(63)  それでも3億円が当たってみたい。
「川村元気 億男 マガジンハウス」 (2015.4.7)

(62)  神の子は知能が優れているのでしょうか。
「薬丸岳 神の子 上・下巻 光文社」 (2015.3.25)

(61)  米軍史上最強の狙撃手の自伝です
「クリス・カイル アメリカン・スナイパー ハヤカワ文庫」 (2015.3.10)

(60)  戦隊ヒーローに憧れませんでしたか
「阿部和重・伊坂幸太郎合作 キャプテン・サンダーボルト 文藝春秋」 (2015.3.3)

(59)  裁判員裁判について勉強しよう。
「法坂一広 最終陳述 宝島社」 (2015.2.17)

(58)  死を目前にした男の生きざまとは
「殉愛 百田尚樹 幻冬舎」 (2014.11.27)

(57)  裁判官って普通の人と違うんですか
「黒木亮 法服の王国・小説裁判官(上)(下) 産経新聞出版」 (2014.10.29)

(56) 植物状態から生還したらどうなる?
「真保裕一 奇跡の人 新潮社文庫」 (2013.12.25)

(55) 時をかける手紙
「東野圭吾 ナミヤ雑貨店の奇蹟 角川書店」 (2013.12.11)

(54) 人類の世紀末を想像できますか
「極北 マーセル・セロー  中央公論新社」 (2013.12.2)

(53) パンデミックをご存じですか?
「生存者ゼロ 安生正 宝島社」 (2013.11.21)

(52) 海外で亡くなった人はどのようにして帰国するのでしょうか
「エンジェルフライト 国際霊柩送還士 佐々涼子 集英社」 (2013.11.13)

(51) 倍返しと土下座で著名な半沢直樹の続編です。
「ロスジェネの逆襲 池井戸潤 ダイヤモンド社」 (2013.11.1)

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