弁護士中山の「私の一冊」

刎頸(ふんけい)の友 (2010.9.27)

百田尚樹 「影法師」 講談社

 

    最後に訪れて既に数年が経ちます。山口県下関市小月から少しはずれた田園風景のなか,曹洞宗海福山高林寺という古刹があります。毛利長府藩から分離した毛利清末藩(1万石)の菩提寺で1678年創建とされています。安政年間に伽藍は全焼し,山門だけが残りました(市文化財指定)。下層を門,上層を鐘楼とする鐘楼門です。階段を上りこの山門をくぐれば本堂前広場,そして本堂の左脇からさらに登ると墓所となっています。  

  ここに高校時代からの親友が眠っています。享年23歳。余りにも早過ぎる死でした。83年夏の雨の深夜,ひとり猛スピードで運転を誤り,道路中央分離帯街路灯に衝突しての交通事故死でした。

   高2理系コースで同クラスになった彼とは,とてもウマが合い,急速に親交が深まりました。互いの家に泊まり合い,自室で親の目を盗んでは煙草をふかし,酒を酌み交わし何でも語れる仲になっていました。彼は純情そのもので高校時代は互いに硬派を気取っていました。高3夏には,大学受験予備校の夏期講習のために,他の仲間とともにわざわざ福岡までやって来て,短期間寮生活をして,ともに福岡を満喫したものでした。彼は将来,自宅の工務店を継ぐべく,現役で福岡県飯塚市内の大学に進み,私は浪人し一時交友は中断します。2年後,私が福岡市内の大学に進学し,旧交が復活して,気が向けば,彼は海の近くにあった私のアパートに前触れもなく押しかけたものでした。私のアパートからそう遠くないところに,彼が想いを寄せる女性が住んでいて,彼女に会えないときに,私のところへ来ているようでした。私がカゼで高熱に2昼夜寝込んで,誰にも知れずにひとり弱気になり,このまま孤独死かと覚悟していたある夜,彼は偶然私のアパートを訪れました。彼は,ろくなものも食べられずに衰弱した私をみて,すぐに車で温かいものを食べに連れ出してくれました(飲み相手が欲しかっただけかも)。私が椎間板ヘルニアの二度目の手術のため,山口の病院に入院したときも,私の病室が個室と聞くや,手術を2日後に控えた土曜の夜に,酒と焼鳥を山ほど抱えてやって来て,看護婦さんを丸め込んで泊まり込みで語り合いました(やはり飲んだくれたかっただけかも)。彼は「つっぱり」(今でいうヤンキー)を気取って,あるとき福岡で一緒に飲んだとき,親不孝通りでつっぱりグループがガンつけたとか言って小競り合いになったこともありました。恐がりのクセして肝試しと称して,飯塚の仲間と幽霊の名所とされる旧「犬鳴トンネル」を訪れた後,「幽霊が見える」といって精神的に病んでしまったことがありました。何人かの霊能者に相談したところ,キツネ憑きであるとか,あるいは落ち武者の霊に憑かれているとかされ,御祓いをしてもらって回復したとのことでした。極めつけは,私のアパートを訪れたある深夜のことです,酒が入っているにも拘わらず,「これから彼女のところへ行く」と言って聞かず,帰ったことがありました(彼は車は置いていくとは言ってはいましたが・・・)。翌朝,あたりが騒がしいので外に出てみると,一台のパトカーと人だかりがありました。私も野次馬として加わって興味津々の体でみれば,何と海の堤防の切れ目の先に,見覚えのある車がぷかぷかと浮いているではないですか。と,すぐに頭を掻きながら悪びれた彼が現れました。前日深夜,堤防の切れ目の先を直線道路と勘違いした彼が,堤防の先の段差のある砂浜へ車ごとダイブした,その時間,落ちた場所は広い砂浜だったので,とりあえず車を放置してタクシーで彼女のうちへ行った,ところが,朝になると潮は満ちて砂浜は海中と化していた,朝,現場に立ち戻った彼は,騒ぎになっているのでたいそう驚いた,というのが事の真相でした。ちなみに,このダイブ現場は,現在は福岡市中央区地行浜のよかトピア通り(ヤフードーム前)に埋立地と化しています。彼とは,楽しくも悲しくもいろんな想い出がありました。

  彼とは,彼が卒業して,予定通り家業を継ぐため下関小月の実家に帰ってからは,遠距離も手伝い,1年余りは疎遠になっていました。当時,もちろん私のアパートに固定電話はなく,どういう手違いからなのか,そんな彼の死のことを知らず1年経った夏,私は久しぶりに山口宇部に帰省していました。そこで,久しぶりに彼の家に電話しました。応対したのは昔会ったことのある妹さんで,私の電話にとても驚き「えっ,あの中山さん?知らんかったん?お兄ちゃんおらん,1年前に死んだ」・・・・。もちろん言葉もありません。絶句とは,このようなときに使われる言葉なんだとぼんやりと考えました。すぐに,彼の自宅を訪ね,彼の両親妹弟と会い,あわただしく時を過ごし,彼の遺影の前で飲み明かしたことをよく覚えています。

  本作品を読んで,なんとなく,しばらくぶりに彼のことを思い出しました。

  本作品は時代小説です。時は江戸。上士,中士,下士の武士階級がある茅島藩8万石。「磯貝彦四郎殿は亡くなっておられました」との報告から物語ははじまります。それを調べさせたのは,茅島藩筆頭国家老戸田勘一改め名倉彰蔵50歳。

  下士勘一と中士彦四郎。ともに藩校,道場に通い学んだふたり。藩校,道場とも彦四郎がナンバーワンで,勘一の支えとなっていました。彼らは14歳のとき,領内の百姓一揆により首謀者及びその家族が磔にされ処刑される様を目の当たりにします。その帰り,ふたりは身分の違いを超えて「刎頸の契り」を交わします。「刎頸」とはその字のごとく首を刎ねることで,「刎頸の友」とは,その人のためならたとえ首を切られても後悔しないほどの親しい関係の友のことをいいます。「彦四郎は腰から刀を鞘ごと抜くと,目の前に掲げて,わずかに刀を抜いた。それをみて勘一も同じようにした。2人は無言で互いの目を見ながら刀の刃を遭わせた。キンという小さな鋭い音が鳴った。」そうしてふたりは,政(まつりごと)のこと,民百姓が幸せに暮らすには,どうしたら米(田)を増やせるのかなどについてを語ります。そうして,それぞれがその想いを胸に秘め,成長していきます。

  時は移り,比類の出世を重ねたのは勘一でした。勘一は藩主から命ぜられ江戸出仕となります。一方,どういうわけか落ちぶれ,蟄居中の彦四郎は,はたまた不始末を起こし逐電,そのまま脱藩してしまいます。そのまま,ふたりが音信不通となり,いつのまにか20年の歳月が流れました。身分を得てゆとりが出来た勘一の調べにより,彦四郎は,人知れず貧しく亡くなっていたことがわかったのでした。労咳でした。

   彦四郎はなぜ逐電しなければならなかったのか,何を思って数奇な人生を生きたのか,かつての刎頸の友彦四郎の生き様を明らかにしようとする勘一。

  武家社会の長子でないものの悲哀,まことの侍とは,自己犠牲とはなんなのか。刎頸の契りとはかくもあるものなのか。果たして,どちらが主(あるじ)でどちらが影だったのか。

  感動の四六版330頁です。読んで絶対後悔しないと思います。

  作者は1956年大阪生まれ,同志社大中退。現在,放送作家として活躍中。テレビ番組「探偵ナイトスクープ」を手がける。06年ゼロ戦特攻隊を描いた「永遠の0(ゼロ)」で小説家デビュー。著作はまだ数多くなく,その気になればこれから全部読んでもオモシロイかも知れません。お忙しい読者の皆様に代わって,まずは私が試してみましょう(了)。

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(53) パンデミックをご存じですか?
「生存者ゼロ 安生正 宝島社」 (2013.11.21)

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(51) 倍返しと土下座で著名な半沢直樹の続編です。
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