弁護士中山の「私の一冊」

我々ヒトは皆アフリカ人だった (2010.8.09)

松本仁一「アフリカを食べる アフリカで寝る」朝日文庫

 

  東アフリカに,「地球の割れ目」と呼ばれる大地溝帯があります。太古の地殻変動で出来た大地の亀裂だそうで,亀裂の幅は広いところで300㎞,高低差は1000mにもなります。我々ホモ・サピエンスの祖先は,この湿潤な沃地だった地溝帯の中で約500万年前に生まれたのです。ここでサルと別れ,ヒトに向けて長い道のりを歩み始めます。その一部がここから出て北へ向かい,全世界に散ったのが約20万年前。それから人類は,気候風土に体を合わせながら白人やアジア人などに分化していきました。  

  このうちアフリカ大陸に残ったものが,いわゆる黒人となりました。南インド,オーストラリア,オセアニアの先住民も肌の色の濃さは黒人と同様ですが,アフリカを発祥とする黒人とは遺伝的に区別されています。

  黒人が全世界に分布するのは,15世紀半ば,大航海時代のヨーロッパ人によるアフリカ人黒人奴隷貿易にはじまります。もちろん,奴隷の歴史は古代文明の歴史とともにありました。しかし,ヨーロッパ列強各国は,ネイティブアフリカンを労働力として所有するだけでなく,ビジネスとして大がかりに輸出したのです。特に英領新大陸北アメリカへは,17世紀初めから19世紀半ばまでで400万人以上の黒人が奴隷として連行されました。帆船による輸送のなか,たどり着いた黒人の数の4,5倍の人たちが死亡したとの報告があります。だとすれば,アフリカ奴隷海岸等から連行された黒人の数は1500万人以上となります。

  併せて,列強各国は,アフリカ大陸を領土として分割して領有し,植民地としました。リンカーンによる奴隷制度廃止後,アフリカに黒人の国が建国され,或いは独立していきます。しかしながら,独立政権は等しく独裁政権であり,多くの場合,支配者層は白人でした。彼らは植民地時代に入植した白人の子孫だったのです。その後,民族自決のもと黒人政権が誕生しますが,やはり多くは独裁政権となりました。独立した国内においても部族間を中心とした内戦が絶えず,たった今現在も病気や飢餓による死者が大量に発生しています。国は極貧で疲弊しています。もちろん,国連や先進国によるアフリカ諸国に対する大がかりな援助救済活動がなされていることはご存じのとおりです。ところが,支配者層には,いつの世も権力だけでなく富も集中するのが習わしです。莫大な国連の援助物資が隅々まで行き渡らない所以なのです。

  本作品は,朝日新聞社記者の作者が,中東アフリカに駐在した8年間で見たアフリカを,身近な「食べる」「寝る」という切り口でエッセイを綴ったものです。94年から96年まで同新聞の土曜夕刊(関東版)に紀行文として連載され,文庫本化(462頁)されました。

  食欲,睡眠欲は,性欲とともに三大欲のうちの二つなのです。作品からは食べる,寝るを通じてアフリカの歴史,政治,人々の暮らし,特に食事情,住環境その他もろもろの実情がとてもよく伝わってきます。

  以下に,本作品からアフリカの食事情に限って,その一部を紹介します。

  ケニア北部のマサイ族の集落を取材する。ヤギの解体現場に立ち会い,あばらの骨付肉をミディアムに炙り食べる。しゃぶり終えた骨は,捨てずに噛み砕き,骨の髄を吸い出して食べる。これが旨い。

   マサイの朝食を一緒にする。健康な若牛ののどの静脈から矢で1リットルくらい採血する。血を攪拌して血の繊維素を取り除く。ほぼ倍の牛の乳を混ぜる。ピンク色の苺ミルクのような液体を朝食として飲む。何とも言えない。

  ナイロビの自宅で,雨上がりの夜に大量発生した羽アリを,ほうきで掃き集める。体長2㎝の羽アリ,おしりがぽってりとふくらんでいる。羽をもぎ,フライパンで砂糖と醤油でさっと軽く炒めて食べる。酒のつまみや,熱いご飯にかけても旨い。

  西アフリカのガボンの奥地の村の食堂で,昼の定食を注文する。「ゆでて練った穀物」と「肉のトマト煮込み」が出された。穀物はバナナだ。肉は豚肉に似た感じだが鶏肉みたいに小さな骨がある。旨いことは旨い。「サル」だった。

  ルワンダ難民キャンプの「平和バー」をのぞく。自生したバナナを採ってきて,2,3日寝かす。べとべとになったところで実をこね潰し雑穀を麹代わりに混ぜて,ビニールにくるんで土に埋める。3日ほどで発酵するので,これを絞って飲む。アルコール度10%のバナナビールのできあがり。

  マリのバマコのホテルにて夕食。オードブルとして1人前500円のカエルの足の空揚げを頼む。40本以上の大ぶりの足が大皿に盛られて出てくる。とにかく食べる。塩味の揚げたてだ。美味しかった。ただ,これだけで満腹になってメイン料理まで進めなかった。

  チャドの市場で変わった食べ物を見つけた。親指ほどのイモ虫を空揚げにし,丸めた新聞紙に入れて売っていた。20匹10円。塩味が付いているからこのままでも食べられると言われ,一匹食べた。こりゃダメだ。強烈な食あたりだった。4日間下痢で寝込んでしまった。

  ジンバブエで従軍記者とちびちび飲む。つまみに塩味だけの象の干し肉を食べる。2㎝幅で厚みがあってごついが,噛んでみると意外にやわらかくて牛の干し肉よりこくがあって旨い。すっかり病みつきになる。

  ジンバブエ,マシンゴの下町の市場に行った。のけぞった。ホーローの大きなたらいに一杯,干したカメムシが山盛りになっている。スープにすると美味しいという。ゆでて干してあるので臭いはない。1匹つまんでおそるおそる口に入れた。羽や手足がぱりっとして小エビのようなしゃりしゃり感がある。腹の部分はコクがあり,後味もいい。おいしい。煮干しと同じだ。百匹40円。ビニール袋に入れてポリポリ囓りながら市場を歩いた。

  南アフリカのヨハネスブルクを歩く。羊の頭を軽く焼いて毛をこそぎ落とす。それを半分に割り,塩だけで8時間ゆでる。とろとろになったところで,辛いトマトソースにつけて指で食べる。ほっぺの皮はゼラチン状で脂気が抜けて豚足みたいだが,もっとやわらかい。確かに美味しい。耳もついていた。こりこりしていてこれもいける。目玉もゼラチン状でとろけるように胃袋に入ってしまった。ビールを飲むのも忘れ,頭はたちまち白い頭蓋骨になってしまった。スコップという羊の頭,230円也。

  そのほか,ワニ,インパラの刺身,鰯の躍り食い,椰子酒,飛びバッタ,ヤギの腸,ケープタウンの大トロ,アヒル,鳩,ラクダ・カレー,ナイルの鰻,紅海のロブスターなどなどと盛りだくさんです。存分に味わってください。

  巻末に「食べて寝てアフリカがわかる」というテーマで,作者と久間十義氏の対談録が付いています。ここにこの作品が凝縮されています。巻末を立ち読みして頂ければ,たぶんレジに立つご自分にお気づきになるでしょう。

  作者は1942年長野生まれ,東大法学部卒。68年朝日新聞社に入社,「アフリカで寝る」で日本エッセイスト・クラブ賞受賞,現在ジャーナリストとして活躍中(了)。

過去のコラム

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(53) パンデミックをご存じですか?
「生存者ゼロ 安生正 宝島社」 (2013.11.21)

(52) 海外で亡くなった人はどのようにして帰国するのでしょうか
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(51) 倍返しと土下座で著名な半沢直樹の続編です。
「ロスジェネの逆襲 池井戸潤 ダイヤモンド社」 (2013.11.1)

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